FBI(笑)Oh My Buddaha !・直接間接を問わず、関係・関連することがらを含めメモしていく。過去の記事も加筆訂正することがある。


by FBI(笑)Oh My Buddaha !

師匠と弟子

お稽古ごとの場合、直接教えてくれるのが師匠です。

師匠の師匠とか家元を師匠とは言いません。

役座さんの場合は、親分。

親分の親分は大親分ですが、大親分と子分に親子盃はありませんが子分は大親分と呼びます。

つまり、直接に親しくやり取りを行なって教えを授受するのが「師弟」です。

これは学問の世界でも当たり前のことです。

いや、スポーツや囲碁や将棋、芸術や工芸、手仕事の世界、世間のあらゆる場において、面識の無い師弟関係など成立しません

直接教えを受けていないのに
「師匠」
と言ってしまう創価学会
のことばは、外部には違和感しかもたらさないのではないでしょうか。

つまり、ここでも「先生」と「師匠」を混同しているように思えます。

「師匠だと思っている」は
「師匠である」は×

「弟子のつもりでいる」は
「弟子である」は×

学会員と非学会員では同じことばでも意味が違うケースが多々あります。

あと、学会員が学会員ではないひとに向かって
「●●先生は」
などと言ったり、グリーなどのコミュで書いたりしていますが、これも世間では恥ずかしいことですね。

社会人であれば、社員研修で、社内の上司などについて社外の人に伝えるときの言い方を徹底して教育されます。

「うちの○○社長は」
などと言ったら、いい恥さらしで、社の対外的評判を落とすことはまちがいありません。

それが創価学会ではなされていないようです。

つまり、それだけ社会性を無意識にでも等閑視してしまっている、ということでしょう。

まぁ、私としては、

非常識な創価学会員がいる
非常識な創価学会幹部がいる
非常識な創価学会大幹部がいる


というていどに止めておきたいです。

教団じたいは人間がつくっているのですから、その中にいるひとたちが良識と常識を持っていれば教団もよくなるはづ。

まぁ、それに逆行している感じはとても強いですが。

弟子を自称しているヒトの言動を見れば、たいていは「師」とやらについても推測することが可能ですね。
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by siawaseo_anatani | 2012-04-19 01:52 | メモ