FBI(笑)Oh My Buddaha !・直接間接を問わず、関係・関連することがらを含めメモしていく。過去の記事も加筆訂正することがある。


by FBI(笑)Oh My Buddaha !

池田辞任と復権の経緯

池田大作さんが創価学会の会長と日蓮正宗法華講総講頭を辞任したのは、当時の法華講連合会から「総講頭辞任勧告決議」が出ることがわかったからでした。

当時、すでに池田さんは宗門に対してきわめて大きな不審を抱いており、それが宗門軽視の発言になりました。

それを戸田城聖門下の大幹部が止める間もなく、池田さんの茶坊主だった元法華講の福島源次郎副会長や顧問弁護士の山崎正友たちが「池田礼賛」「宗門批判」に動いたわけです。

結果として日蓮正宗法主の細井日達さんが腹をくくり、いよいよとなったら創価学会と別れると言い出し、それを池田さんに密告したのが当時の阿部信雄さん、つまり阿部日顕さんでした。

それに驚いたほとんどの学会大幹部が池田さんの辞任に賛成したのです。

それによって宗門とのパイプもあった北條浩さんが第4代会長になりました。

辞任当初はおとなしくすると言っていた池田さんでしたが、やることがないから会員を激励するという名目で全国を回り、地方の幹部たちを丸め込んだわけです。

そうこうするうちに、北條さんが突然の死去、秋谷栄之助さんが第5代会長になりましたが、池田さんは全国行脚の際に覚知の寺院にも顏を出し、多額のご供養で僧侶たちを懐柔したのです。

北條・秋谷時代になって、学会はそれまでの強引な折伏や無理な登山、そして無理な「ご供養」にストップをかけました。

それは、「ご授戒」などの減少とともに寺院と宗門の収入減となりました。

そこで阿部さんが考えたウルトラCが、池田さんの総講頭復活だったわけです。

池田さんは総講頭に復帰すると、阿部さん系の僧侶に対して手厚くご供養などし、日達さんの弟子たちや早瀬日慈さんの弟子たちと差別しました。

それによって阿部さんに批判的だった日達さんや早瀬さんの弟子たちも阿部さん側につくようになるわけです。

そういう露骨な池田・阿部二人三脚に異議を唱えたのが正信会の僧侶と檀徒、そして当時の法華講連合会でした。

法華講連合会の役員たちは阿部さんに対して抗議の役員総辞職をしましたが、これは阿部さんとしては願ったり叶ったりで、役員を自分に近いものたちに入れ替えることができたわけです。

阿部さんとしては正信会の僧俗を切っても学会の方がケタ違いに「ご供養」を見込めるわけですから、当然なんの迷いもなく正信会を破門したということです。

簡単ですが以上が、おおまかな経緯です。
[PR]
by siawaseo_anatani | 2012-07-15 11:50 | 事件