第1期、創価教育学会時代
前史1、牧口・戸田の入信 02
戸田の入信が牧口の入信から時期が離れていたという点は興味深い。
学会員たちに一般的に信じられている通説では、牧口が入信直後に戸田を入信させたとされている。
この間の経験について書かれたものは少なくないが、脚本家・橋本忍の手による東宝映画『人間革命』のシナリオを、少々長くなるが引用してみよう。
《牧口 『戸田君、ぼくは日蓮正宗に入信した』
戸田 『え、日蓮正宗?』
牧口 『目白商業の校長に三谷素啓という人があり、ぼくの価値論に対し、かねがね話し合いたいと聞いていたので逢ってみた……まるでそれは真剣勝負だった………だが、わしは負けた!』
戸田 『え?』
牧口 『価値論の根底は、小善から中善、中善から大善へと進む善の生活だ。しかし、なにが大善かというと、この人間社会のためという、ひどく広い獏然としたものになってしまう。そしてそれを理論的にさらにもう一段階進めると、これは哲学を越えたもう宗教の問題だ。日蓮正宗にはなにが大善であり、あらゆるいっさいを変えていくもの……それがなにであるかをハッキリ示している。』
牧口 『とにかく、君も入信しなさい!』
戸田 『そりゃまァ、先生のいわれることですから、その通りにはしますが……しかし……』》
橋本のシナリオは池田大作の小説『人間革命』を原作としたオリジナルであるが、要所に関しては現在創価学会において一般的な通説となっている形のままである。
ここで橋本が語ろうとするものは「師匠の言に従う弟子の姿」であり、学会の「師弟不二」論のひとつと言ってよいであろう。
また、教育評論家だった池田諭(故人)は、その著書のなかで、
「三谷に折伏された牧口が次には戸田を折伏し、入信させたのである。」
と述べているが、やはり一般にはこのような入信説話が信じられている。
しかし事実は、戸田を折伏したのは牧口を折伏したと同様に三谷であった。(補足参照)
戸田の言を引いてみよう。
「私が日蓮正宗に入ったのがその年(引用者註、キリスト教を辞めた昭和3年)の秋で、目白小(ママ・商)学校の校長さんの三谷さんから折伏されてねえ。」
日本共産党系の宗教学者である日隈威徳によれば、
「戸田にキリスト教の信仰の指導をしたのは、『時習学館』の生徒の親で田中達夫という工学博士であった。当時、田中は『修養』という伝導誌を発行しており、内村鑑三の弟子であった」
という。
(『シナリオ人間革命』国会図書館請求記号KH119-75)
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【補足】
三谷素啓さんが教化親というか兄弟子ですね。
私は信仰的には三谷さんの長男が藤本秀之助、次男が牧口常三郎、三男が戸田城外、と考えています。
牧口さんと戸田さんは信仰的には師弟関係ではありません。
牧口さんと三谷さんは途中で喧嘩別れして「絶交」したようです。
ただし、三谷さんがやっていた直逹講には関わり続けて、三谷さんが亡くなった後に直逹講を乗っ取ろうとしました。
それに対して直逹講の人たちが抵抗して、牧口一派に乗っ取られるよりも解散を選んだのです。
直逹講乗っ取りに失敗してから、創価教育学会は本格的に講活動を開始することになります。