創価教育学会というのは、創価教育学という牧口常三郎独自の思想だけではなく、初期においては、
◎社会的側面では大日本皇道立教会の友好的別組織
◎個人的側面では、川面凡児の禊流の影響を強く活動方法に受け
◎信仰的には日蓮正宗の中でも異質な堅樹派の流れを汲み
◎教育方面では教育学というよりも社会学の影響が強い
そういう多面性を持っているわけです。
つまり、創価教育学会は設立当初から「総体革命」を目的とした団体だったともいえます。
ちなみに、このような立場の牧口常三郎と柳田國男が相容れるわけもありません。
なにしろ、柳田國男は必死に大政翼賛し御用学者になりたかったのになれなかった人物です。
だから柳田國男は折口信夫に嫉妬したわけです。
柳田國男の民俗学は、フォルクロアではなく文芸といっていい。
柳田國男は、悪人だけれど処世の勘が優れていた。
牧口常三郎は善意しかなかったが、処世の勘が鈍かった。
昭和15年以降の牧口常三郎は、総体革命から宗教革命に方針を転換したということでしょう。
ただし、それは純粋な日蓮正宗による宗教革命ではなかった、ということです。
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菅田正昭さんから指摘があり
「神道禊教」
を
「川面凡児の禊流」
と訂正いたしました。
菅田さん、ご指摘いただきありがとうございます。