FBI(笑)Oh My Buddaha !・直接間接を問わず、関係・関連することがらを含めメモしていく。過去の記事も加筆訂正することがある。


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創価学会攻防史の研究08

〔「価値論」〕

後に創価思想と呼び称されるところの考え方は「日蓮正宗の信仰にその論理的帰結を見い出した」と、今日の学会関係者は言うのだが、牧口の教育理論と日蓮正宗との接点を初めて見い出し得るのは、いわゆる『価値論』においてである。

しかし、それも戦後に戸田の手により増補改訂されたものとは内容がかなり異なる。

『価値論』は、昭和6(1931)年に『創価教育学体系第2巻』として世に出たが、戦後、昭和26(1951)年の牧口の8回忌に、戸田が増補改訂して『創価学会版』として再版された。

これは後に、昭和40(1965)年に刊行された『牧口常三郎全集』全5巻(第三文明社)のうち『第1巻、創価教育学体系(上)』に収録された。

その二種とも絶版になり、10数年の間、われわれ外部の者はおろか、学会員でさえも古書店でしか「価値論」を入手することはできなかったのである。

現在では新版『牧口常三郎全集』全10巻(第三文明社)の第5巻所収のものと、聖教文庫版『創価教育学体系II』として出版されているもの、そしてレグルス文庫版の3種類が入手可能である。(ただし、レグルス文庫版以外についてはふたたび在庫かぎりで事実上の品切れが続いている。)

 聖教文庫版はその凡例によると、

《一、本書は「創価教育学体系」全四巻中の第二巻(価値論)の初版(昭和六年三月五日発行)に基づいて多少の校訂を加え、これを収録したものである。》

 となっており、ほぼ牧口の原著に近いものといえる。

定本たるべき旧版の『全集』に収録されたものが、戸田の『増補改訂版』であったというのも奇妙であるが、これについては後に述べる。

 教育理論については独自の説を唱えた牧口が、何故に日蓮正宗という既成の伝統仏教宗派に入信したのか。

このことに関しては現在ほとんど明らかになっていないが、興味深いと思われるのは、当時、牧口らと共に「郷土会」のメンバーだった柳田国男の「牧口君入信の動機」と題する次ぎの一文である。

「牧口君は家庭の不幸な人で、沢山の子供が患ったり死んだりした。

細君も良い人だったが、夫婦で悩んでゐた。

貧苦と病苦と二つが原因となって信仰に入ったのかと思ふ。

以前は決して宗教人ではなかった。」

 牧口と柳田は明治42(1909)年以来親交があったというが、その後、牧口が信仰を深めるにつれ柳田の方から牧口を敬遠するようになっていったという。

(この牧口と柳田の関係については、故・竹中労による『庶民烈伝』を是非とも参照されたい。)
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by siawaseo_anatani | 2012-09-05 19:42 | 創価学会攻防史