FBI(笑)Oh My Buddaha !・直接間接を問わず、関係・関連することがらを含めメモしていく。過去の記事も加筆訂正することがある。


by FBI(笑)Oh My Buddaha !

カテゴリ:メモ( 34 )

創価学会の機関紙である聖教新聞は、今年も「天皇誕生日」について「報道」しませんでした。

第10面の「社会面」トップの記事は「少子化対策」。

次いで
「防火扉」
「格安SIM」
「除染3年延長」
「災害ロボコン予選日本圧勝」
「書店で電子書籍発売」
「消しゴム工場見学人気」

下段の「ニュース・フラッシュ」欄は、

「社会」のトップが、
「カピバラ家族がゆず風呂で元気」

他は、
「大山のスキー場初滑り楽しむ」
「新たに3カ所漏水 福島第1」

ここまで、天皇陛下や皇室について「無視」したら、池田大作氏が亡くなってからも軌道修正して「皇室報道」をすることもできないでしょう。

学会員さんたちは聖教新聞が「天皇誕生日」や「皇后誕生日」そして「皇室報道」を記事にしないことについて、どのように考えているのでしょうか。

毎年のように指摘していますがが、このことのもつ意味は深刻なものがあります。
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by siawaseo_anatani | 2013-12-23 15:31 | メモ
2013(平成25)年11月6日付『聖教新聞』の記事です。

久しぶりに創価学会の名誉会長池田大作氏の写真が紙面のトップを飾りました。

ただし、相変わらずアップではなくロングで、写真の大きさも小さいものです。

内容は、完成した創価学会総本部の「落慶入仏式」を「池田名誉会長夫妻、原田会長、正木理事長ら代表が出席し」行なったとのものです。

写真は総本部3階の大礼拝室でのもよう。

「式典には、長谷川・大場・原田・池田副理事長、谷川副会長、坂口婦人部総合長、高柳総合婦人部長、笠貫副総合婦人部長、杉本婦人部長、川原婦人部書記長が出席した。」

さらに、池田氏が導師となって「師弟の間」と「三代会長室」の入仏時も行なわれたとあります。

池田氏夫妻は「総本部の館内を丹念に視察した」とのこと。

写真の説明には
大礼拝室は、イス席で1400人収容できる
とありますが、出席したのはたった14人だけ。

これは、これまでの創価学会の「行事」ではあり得ないことです。

これまでのこうした行事は室内には代表幹部たちで満員の状態で行なわれ、池田氏をはじめとする首脳陣が「挨拶」したりしていました。

それが行なわれず、1400もあるイス席には誰一人としていないのです。

よほど池田氏を衆目に曝したくないのではないかと思われます。
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by siawaseo_anatani | 2013-11-07 16:45 | メモ
本日は皇后陛下の御誕生日です。

皇后陛下は79歳になられました。

衷心より弥栄をお祈り申し上げます。


さて、今年も創価学会の機関紙「聖教新聞」は、皇后陛下の御誕生日について報道しませんでした。

天皇皇后両陛下と皇太子皇太子妃についても同様です。

創価学会の機関紙「聖教新聞」が例外的にたまに小さく報道するのは秋篠宮関連。

はてさて・・・。
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by siawaseo_anatani | 2013-10-20 13:23 | メモ
創価学会が、本当に建て前のままきれい事だけで教団を運営していたら、ここまで批判されたり嫌われたりすることも少なかったでしょう。

出版物やビデオ・DVDなどに残るものだけをみると、日蓮正宗に対する口汚い表現以外は一見するとふつうです。

まぁ、ふつうと言っても、宗教法人としては本来なんの実権もない池田大作さんへの美辞麗句・自画自賛は度を過ぎていますが・・・。

さらに、創価学会からの出版物だけを過去からたんねんに読み込めば、数々の自語相違や矛盾や書き替えなどがいくらでも見つかります。

こういうことを繰り返してきたから、ネットやリアルでもまともではない学会員が跡を絶たないのではないでしょうか。

まともではない学会員が過激なアンチをつくりだしているという事実はうごかせません。

創価学会という教団そのものが体質を改めなければ、まともではない学会員はいつまでも作り続けられることになってしまいます。

まともではない学会員を少なくするために外部ができることは、冷静に批判すること。

時間はかかるかもしれませんが有効な方法であると思います。

かりに池田大作さんが仮に亡くなったところで、問題は未解決のまま先送りされることなります。

しかもそのときには当事者はいないのですから、なんとでも言い訳が可能でしょう。

そうさせないためにこそ、「冷静な批判」が必要だし有効だと思うのです。
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by siawaseo_anatani | 2013-09-27 15:57 | メモ
「宗教」は電話帳の職業分類では「サービス業」に分類されます。

手前が「サービス業」だという自覚のないモノがほとんどですし、あきまへんの世界です。

坊さんだの教団職員は「サービス業」の「従事者」。

では信者はなにか。

たんなる「顧客」です。

幹部であろうが教団から「給与」をもらっていなければ「顧客」ということになります。

その顧客が勘違いして「サービス業」の「営業」「宣伝」をする、している、させられている、ということです。

「サービス業」の従事者からすれば大喜びでしょう。
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by siawaseo_anatani | 2013-09-05 15:17 | メモ
以下はグリーで「活躍」している自称「仏所護念の信者」を念頭においてのものです。

こういう「アンチ創価学会」は無用不用でしかありません。

妄想・妄念は大川りUFOばり 

上から目線・自己正当化・強制は創価ばり 

仏教妄執はオウムばり 

こういうのは遮眼帯をかけているので狭い視野が固定化されてしまっているんですよねぇ・・・。

何年も何回も同じ過ちを繰り返しているのに、自分では「成長」していると思っている。

多くのひとたちから、助言・意見・注意・指摘・説明・質問などを繰り返されても、そうしたことに答えることは1度たりともできていないのに、本人は「意図的にしていない」とでも思っているのでしょう。

わからないなら黙っていればいいのに、わかったつもりで語るから支離滅裂にしかならない。

「理解できないのは自分のせいではない」などと思っているのでしょう。

TPOすら弁えないモノが共感や共鳴を得るはづもありません。

TPO、仏教でいえば

「教・機・時・国・序」

当たり前のことです。

それを弁えていないということは、社会性が欠場しているということです。

声高に「正義」を「主張」するよりも大切なことがあるのですが、わからなければ致仕方がありません。


「日蓮法華の頭は赤馬(赤猫とも)」(江戸時代の俗言)

「法華と忠義者は、国の禍根」(太田蜀山人)
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by siawaseo_anatani | 2013-08-22 19:15 | メモ
犀角独歩さんのブログに驚くような記事がアップされました。

「櫻川忠に関連する記事を削除」
http://blog.livedoor.jp/saikakudoppo/

また、ミクシィやツイッターにも多少その経緯が明らかにされました。

「犀角独歩さんのつぶやき」
http://mixi.jp/list_voice.pl?owner_id=14027330&from=navi

http://mixi.jp/home.pl?from=global#!/voice/14027330/20130817111244

参考までに。
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by siawaseo_anatani | 2013-08-17 22:57 | メモ
「仏祖の本意に叶う決意で継承」
日蓮宗本圀寺第104世貫首 伊藤瑞叡氏
2013年6月1日付 中外日報(この人)
http://www.chugainippoh.co.jp/interviews/konohito/20130601.html

日蓮宗で「宗門発祥の根本道場」とされる京都市山科区の大本山本圀寺第104世を継承し、5月12日に晋山式を挙行した。札幌市に生まれ、早稲田大第一文学部を卒業後、東京大大学院博士課程を修了。長く立正大で教壇に立ち、つとに日蓮教学の泰斗として知られる。70歳。

本圀寺の起源は、安房の清澄寺で立教開宗を宣言した日蓮聖人が、幕府のある鎌倉・松葉ヶ谷に庵を結び、「法華堂」と名付けたところにある。「立正安国」の激しい獅子吼ゆえに日蓮聖人は生涯に数々の難(法難)をかいくぐり、佐渡へ流される。赦されて身延山へ隠棲した後、弟子の日朗上人が鎌倉の草庵跡を復興したのが本國寺で、これが後に京都六条へ移され「本圀寺」となった。

第2次世界大戦を経て荒廃の極みに達した本圀寺を現在地へ移転、再興した63世中興・伊藤日瑞貫首は実の父。その子は平成19年、吉田日厚・前貫首の求めに応じ「学道求法講院」を再興し、「院長講主」として年10回講義する。父子2代にわたり本圀寺へ奉仕する巡り合わせである。

日瑞上人の命日(5月7日)前夜、父が書斎としていた本圀寺の執事寮2階を掃除していて何げなく手にした掛袱紗に「日瑞用」と書かれているのを見つけ、父の形見を抱いて嗚咽した。その夜、さらに押し入れから日朗上人の弟子・日印が師との問答を記した『本迹体一抄』を発見。本圀寺所蔵とされながら行方不明になっていたものだ。

本圀寺には日朗上人が自ら刻み、日蓮聖人が開眼したと伝える「生御影祖像」が安置されている。日々、御影に給仕しつつ本圀寺護持に尽くした師父のように勤めを果たしたいと願う。

京都に常在しているわけではない。札幌の本龍寺、千葉県佐倉市の昌柏寺と3カ所をほぼ10日ずつ掛け持ちで回る生活を続けている。いま「自分の行道(修行)が仏祖の本意にかない、学道が聖人の趣旨にかなうなら、本圀寺が迎えに来る」と語った父の言葉がよみがえる。

(形山俊彦)

・・・・・・・・・・・・・・・
文中の『本迹体一抄』の記述については多少の錯誤があるが、『本迹体一抄』じたいは大変重要であると思われる。

同書については畏友犀角独歩氏が伊藤瑞叡氏より翻刻を委嘱され、すでに翻刻文は伊藤瑞叡氏の手に渡っている。

このことは松本修明氏からうかがったことである。

雑音を回避するために、翻刻者が犀角独歩氏であることをここに明記させていただくことにした。

もちろん翻刻文には「編集著作権」が発生しており、「編集著作権者」は犀角独歩さんである。
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by siawaseo_anatani | 2013-08-12 18:46 | メモ
「【創価学会の曼荼羅本尊は学会員に売ったものではなく貸したもの】か?」
http://siawaseo.exblog.jp/19420322/

の続きになります。

仮に「書類」が揃っていたとします。

それでも、学会員や幹部には「請求権」はありません。

創価学会の本尊は「宗教法人創価学会」が「作製」して「下付」しているものですから、それが「貸与」であるとするならば、「返却」の「請求権」は「宗教法人創価学会」の代表役員にあることになります。

その場合は、「宗教法人創価学会」の代表役員が「署名捺印」した「返却請求書面」が必要になります。

もちろんこの「書面」には請求相手の所属組織名・住所・氏名などが明記されていなければなりません。

また、地元の学会員がその「書面」を手渡す場合には、「宗教法人創価学会」の代表役員が「署名捺印」した「委任状」が必要であり、そこには委任する学会員の所属組織名・役職・住所・氏名などが記載されていなければなりません。

そして、返却を要求するときにはその「委任状」を提示してその学会員が「宗教法人創価学会」代表役員の代理であることを証明する必要があります。


以上も創価学会だけではなく他の宗教団体にもあてはまります。
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by siawaseo_anatani | 2013-08-07 10:37 | メモ
【創価学会の曼荼羅本尊は学会員に売ったものではなく貸したもの】

創価学会から脱会したひとたちが学会員からこのように言われるケースがあります。

しかし、これは「貸与」を示す文書などがなければ法的には意味がありません。

つまり、入会段階で「貸与」であることを「文書」などで明示し、「貸与」に際しては、それを「貸与」したことを示す「文書」がなければそこに「貸与関係が生じた」ことにはなりません。

さらに、「貸与した者」と「貸与された者」の「住所や氏名が明記された文書」があり、それに「署名捺印」などがあって、はじめて「貸与関係」が成立することになります。

「貸与であることを示す文書」がないかぎり、本尊下付は「譲渡行為」ということになります。

譲渡された「本尊」を「処分」することは「違法」でも「不法」でもありません。

ですからすでに処分したあとに「返却」を迫られても「返却する義務」はありませんし、逆に「返却の強要」で法的手段に出ることも可能だといえるでしょう。
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by siawaseo_anatani | 2013-08-06 20:22 | メモ