FBI(笑)Oh My Buddaha !・直接間接を問わず、関係・関連することがらを含めメモしていく。過去の記事も加筆訂正することがある。


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カテゴリ:日蓮正宗( 4 )

富士門流の上代について

歴史的には日興さんが唯受一人の血脈相承を日蓮さんから受けたという記録の正文書というのは少なくとも大石寺には伝来してはいません。

なにしろ、二箇相承書は重須(北山)本門寺由来の文書で、しかも最古の写本は京都の要法寺日辰のものです。

五一相対も、日興さんの真筆はなく、史実としてはまづ波木井・日向対他の五老僧であったことは、日興さんの書状などに記されています。
これは、日蓮宗宗学全書や日興上人全集で確認することができます。
「五人所破抄」や「富士一跡門徒存知之事」は、日興さんの死後に、富士方と鎌倉方の関係が悪化してから書かれた文書ですから、史実をそのまま記したものであると断定することはできません。

大石寺は南条家が檀那で日目さんの縁戚でしたから、おそらく日興さんは大石寺の名誉住職のようなものではなかったでしょうか。

日興さんは「おほいしのてら」に数年仮寓して後、重須(北山)に移ったのですが、晩年まで本尊の書写と授与を行なっており、けっして隠居したわけではありませんでした。

師の日蓮さんは死ぬまで現役だったのですから、日蓮さんの側近ともいえる日興さんが、生前に代替わりするとは考えられません。

隠退してはいなかったからこそ、日興さんは初代学頭に日澄さんを据え、日澄死後は二代学頭に日順さんを据えたわけですし、日興さんの死後に日代さんが重須の二代になったわけです。

学頭とは重須の学頭ということもありますが、なによりも日興門下の学頭と考えるほうが自然であると思えます。

日興さんの死後、大石寺では、日目さんが京都に天奏の旅に出ましたが、そのことを記述した最も古い文書では、同行したのは日尊さんと日道さんと記されているわけです。

従来は天奏に同行したのは日尊・日郷の二人であるとされてきましたが、これは、時代が下って、大石寺東坊地の係争の中で大石寺側が言い始めたわけです。

つまり、富士の清流というフレーズは不確かなものであるといえると思います。
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by siawaseo_anatani | 2008-06-11 03:42 | 日蓮正宗
 「本尊三度相伝」は富要だけにしか収録されていない。
 使用した文書は堀日亨によると石山蔵日源本を底本としているという。
 他の書籍に収録されていないということは、現時点で石山は「本尊三度相伝」を「従日蓮日興相伝」の「相伝書」としては認めていない、ということだと思われる。
 これはおそらく房山系の文書であるという判断によるものではないかと推察できるが石山からの公式見解は出されていない。

 同じ房山系でも、「教化弘経七箇口決大事」は、新定と平成新編に収録されている。
 ただし堀日亨編纂の富要、そして未刊の『富士宗学全集』にも収録されてはおらず、「本尊三度相伝」とは逆に、堀日亨が除外したものを石山が採用したことになる。

 このふたつの文書については、近年の日蓮正宗の公式見解は発表されていない。
 59代法主でもあった堀日亨の方針を否定もしくは覆すだけの根拠は、いったいどのようなものなのか興味深いものがある。
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by siawaseo_anatani | 2008-06-10 16:31 | 日蓮正宗
 「御義口伝」は石山の上巻写本と要山の下巻写本でセットだが、要山本は元亀年間のもので石山本は年代不詳。
 いずれにしても御義口伝石山写本は石山と要山が通用していた時代のものと考えられる。
 つまり、御義口伝は大石寺に伝わったものではないのである。

 「産湯相承」写本については、日悦本、日山本の他に、明応五年(一四九六)の、身延日意による本もあるというが、これは延山の行学日朝が富士よりのものとして日意に見せたものを写したもののようである。

 また新定では記載のない「左京日教本」が石山にあると平成新編の目次には記されている。
 左京日教は要法寺から大石寺に転じ、それまで 大石寺にはなかった新説をいろいろと持ち込んだことで知られているが、後には大石寺を離れている。

 その他に、じつは石山では、筆記年月日不祥だが、なんと日興本があるとされている。
 これは石山系寺院の出版物に記されているのだが、それに対して肯定もしくは否定する石屋の公式発表はこれまでなされていない。
 日興本が石山にある、という記述は、東京国立にある日蓮正宗大宣寺から昭和五十四年に出版された、『御書諸本対照索引』という冊子に記載されている。

 もっとも、古文書資料に関しては、石山の主張はアブナイものばかりで、どこまで信用できるかといえば、典拠が明らかでないかぎり「伝日興本」、つまり「日興筆と言い伝えられた写本」というていどに考えるべきだと思う。
 じっさい新定の目次や脚注にも日興本は記されていないし、平成新編も同様なので、この日興本については信憑性はほとんどないといってよいだろう。
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by siawaseo_anatani | 2008-06-09 03:10 | 日蓮正宗
 日蓮正宗(石山)では、「日蓮大聖人から日興上人へ与えられた」とするさまざまな「相伝書」「相承書」をもって自門の唯一正統性を誇り主張している。
それらの主なものを以下に記すが、( )の中は写本で、書名の左は主な石山系掲載書籍の略号である。

新編は創価学会の発行ではあるが、堀日亨による編纂であり含めた。
『富士学林教科書 研究教学書』という全三十巻の資料集もあるが、これは石山僧侶限定の少部数内部出版で、既に絶版となり持っていない僧侶も多いために省いた。
『平成校訂日蓮大聖人御書 全3巻』は、現段階で未入手のため割愛した。

【略号】
富要=富士宗学要集
新編=学会版御書全集
聖典=日蓮正宗聖典
新定=昭和新定日蓮大聖人御書
平成=平成新編日蓮大聖人御書
歴全=日蓮正宗歴代法主全書

【各「相伝書」と収録書籍】

御義口伝(上巻石山本、下巻要山本)
富要 新編 聖典 新定 平成
身延相承=日蓮一期弘法付属書(要山日廣本、日辰本西山蔵、北山日出本)
富要 新編 聖典 新定 平成
池上相承=身延山付嘱書(要山日廣本、日辰本西山蔵、北山日出本)
富要 新編 聖典 新定 平成
本因妙抄(要山日尊本、石山日時本、房山日我本、日辰本)
富要 新編 聖典 新定 平成
百六箇抄(北山日山本、房山日我本、日辰本・日山本西山蔵)
富要 新編 聖典 新定 平成
御本尊七箇之相承(房山日悦本、房山日山本)
富要    聖典 新定
教化弘経七箇口決大事(房山日悦本、房山日山本)
新定 平成
寿量品文底大事(房山日悦本、房山日山本)
富要    聖典 新定 平成
産湯相承事(房山日悦本、房山日山本、左京日教本石山)
富要 新編 聖典 新定 平成
上行所伝三大秘法口決(房山本、要山本)
富要 新編 聖典 新定 平成
本尊三度相伝(房山本、要山本、石山蔵日源本)
富要

以上は石山で、「従日蓮日興相伝」とされるものであるが、見てわかるように、石山所蔵の正本はひとつもなく、古写本は全て興門他山つまり「他門」の写本である。
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by siawaseo_anatani | 2008-06-07 02:28 | 日蓮正宗