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『日蓮大聖人御書全集』(創価)昭和27年、について02
 「編集」について



 ではさらに、「新編」「全集」とはどういうことなのか。
 先行する類似の書名としては、浅井要麟が編纂し平楽寺書店が刊行した
『昭和新修 日蓮聖人遺文全集』全三巻

があるが、これは編年体であった。
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 創価版は編年体でもなく、義類別でもない。
 創価版の凡例によれば、
 「首に唱法華題目抄等を掲げて大聖人の当初の大小権実判等の折伏篇を示して立正安国論の大義の起因を明かにし、又之に反応する公辺の諸篇を列して開目抄観心本尊抄等の本迹種脱人法開顕の深義に進んだ」
 「更に各般の所対に応じて進展せる御抄を列ね」
 「次に弟子檀那等への御消息は個別の下には編年にした」
 つまり、前半は内容を重視し、後半は個人ごとに編年で類別しているという。
 完全な内容別でもなく、編年体でもない。
 そのために、日蓮の思想の発展経過などは理解ししにくい
 これで「全く大聖化導の始終を一目するに便し」(凡例)た編集などと言えるとしたらパラノイアではないかとすら思える。

 創価版にいくぶんか近い編集をしているのは高佐貫長(高佐日煌)編・皇道仏教行道会(現・日蓮宗霊断師会)
『日蓮聖人御遺文 全』
であり、堀日亨はそれを模倣したようにも思える。
 じつは全体を二つに大別し、後半に消息文を配置するというのは、この高佐貫長師が編集主任となって戦前に出版した『日蓮聖人御遺文 全』(以下、高佐版と略記)
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とほぼ同じである。巻末に門下の列伝と年表を収録しているのも同様の模倣で、違っているのは「御義口伝(日興記)」と「御講聞書(日向記)」が、高佐版では本編の最後つまり列伝と年表の前に置かれていたものを、創価版では前半に持ってきたことである。
 高佐版の前半は「御著作篇」として、「主要書」「教義書」「信行書」「対外書」「聖跡書」に分けられているが、創価版の前半にはそうした分類もない。
 書名にしても編集にしても、良いとこ取りを試みて虻蜂取らずに終わった観がある。
 ただ、ある種独特の配列は、「目新しい」というよりも、「新奇」もしくは「珍奇」な編集とはいえるかもしれないが、収録遺文の書名索引もないために使い勝手の悪いこと甚だしい。
 ちなみに、この使い勝手の悪さをなんとかしようとして昭和四十八年に出版されたのが、
創価学会教学部編『編年体 日蓮大聖人御書』
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である。
 編年体は創価版を編年体にしただけではなく、本文の活字も組み直しているので、その段階でできるかぎりの誤字の訂正なども行なわれている。さらに、巻末には遺文名の索引も付され、編年体のページだけではなく創価版のページも記されている点は親切である。また、年表も大幅に改訂され遺文名の記載が大幅に増えており、「堀日亨・編」とされる創価版よりもはるかにましである


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by siawaseo_anatani | 2016-08-24 16:43 | 学会系出版物
『日蓮大聖人御書全集』(創価)昭和27年、について01
 「書名について」

《内容》

発刊の辞(戸田城聖)/4P
序(堀日亨)/4P
凡例/2P
目録の読み方/1P
目次/29P

命名不能分類(四分割)/1~594
 釣りもの/595~700
 御義口伝/701~803
 御講聞書/804~847
 申状/848~853
 百六箇抄/854~869
 本因妙抄/870~877
 産湯相承/878~880

消息・断簡類(四分割)/881~1599
 身延相承・池上相承/1600

付録
 富士一跡門徒存知の事/1601~1609
 五人所破抄/1610~1617
 日興遺誡置文/1617~1619

巻頭目次未記載
 弟子檀那等列伝/1~22
 年表/1~17
奥付/1P


 本書は昭和二十七年に定価千二百円で六千部発行された。
高卒公務員の初任給が4,600円、ラーメン一杯35円、新聞の購読料が一ヵ月280円のころである。
当時の会員数は公称で九千数百人、約一千世帯であったとされるが、初版を売り切るのには一年ほどかかったといわれている。

 日蓮の遺文集は大別すると、編年体と類別編集がある。
 本書の場合は、目次では前半最後の産湯相承までは一行あけでいちおう四つに類別編集されてはいるが、各類の命名はされておらず、仮に命名しようとしてもほとんど不可能である。
 また後半の消息類も四つに大別されているが、たんに対告衆のおおまかな居住地別というだけであって、凡例に記されているような、
「全く大聖化導の始終を一目するに便し」
などというものではない。

 『新編 日蓮大聖人御書全集』(以下、創価版と略記)は、初版発刊当時の背表紙には、
 「日蓮正宗/新編/日蓮大聖人御書全集/大石寺版
と記されていた。
 次いで、
 「日蓮正宗/新編/日蓮大聖人御書全集/創価学会版
と変更されたが、第一次宗創紛争後に、
 「日蓮正宗/新編/日蓮大聖人御書全集/大石寺版
に戻され、第二次宗創紛争後は、
 「新編/日蓮大聖人御書全集/創価学会版
となっている。
 いづれも「新編」の文字は残されているが、「新編」ということは「旧編」があったということになる。

 旧ということでは、日蓮正宗系では、昭和4年に佐藤慈豊の編纂による
 「日蓮大聖人御書新集」(以下、新集または佐藤版と略記)
が出版されている。

 日蓮系では日蓮の遺文集に「御書」と冠したものは、じつはさらに古いが、ここでは活字本にしぼる。
 江戸時代の小川泰堂が編纂した分冊和本の全集に、
 「高祖遺文録」
があり、それを活字版にして出版されたのが、
 本化聖教/(天)/日蓮聖人御遺文/霊艮閣蔵版
である。

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 これは「霊艮閣版」とも「縮刷遺文」「縮刷版」「縮刷」とも呼ばれている。
 「縮刷」というのは、和本では数十冊に分冊されていたものを1冊にまとめ、判型も小さくなったためにそのように呼ばれた。

 この「縮刷」は編年体であったが、「高祖遺文録」を内容別に分類配列したものが国柱会の、
 類纂高祖遺文錄(以下、類纂または国柱版と略記)
である。
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 これは田中智学の発案になるもので、田中智学の高弟であった長瀧智大と山川智応が編集に当たった。
 こんにち一般的には「類纂高祖遺文錄」で通っているが、じつは正式な書名は、
 「類纂高祖遺文錄 日蓮聖人御書全集」
という。
 「類纂高祖遺文錄」
とは、「高祖遺文錄を分類して編纂した」という意味であって、通称としては問題ないが、副題のようになってしまっている「日蓮聖人御書全集」のほうが書名としては相応しいように感じられる。
 じっさい当時の書籍広告では「日蓮聖人御書全集」の書名で広告している。
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 そこで創価学会版である。
 国柱版は「日蓮聖人御書全集」
 佐藤版は「日蓮大聖人御書新集」
 創価版は「日蓮大聖人御書全集」
 佐藤版は、国柱版の「日蓮聖人の御書全集」ではなく「日蓮大聖人御書の新しい全集」という自負をもって「日蓮大聖人御書新集」と名付けたと思われる。
 創価版の書名は、佐藤版の「新集」を「全集」と変えたか、国柱版の「日蓮聖人」を「日蓮大聖人」と変えただけで、あえてパクリなどと言うつもりはないが、オリジナリティーは感じられない。
 いってみればせいぜい佐藤版と国柱版の良いとこ取りの名称ということである。
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by siawaseo_anatani | 2016-08-22 11:57 | 学会系出版物