FBI(笑)Oh My Buddaha !・直接間接を問わず、関係・関連することがらを含めメモしていく。過去の記事も加筆訂正することがある。


by FBI(笑)Oh My Buddaha !
犀角独歩さんのブログに驚くような記事がアップされました。

「櫻川忠に関連する記事を削除」
http://blog.livedoor.jp/saikakudoppo/

また、ミクシィやツイッターにも多少その経緯が明らかにされました。

「犀角独歩さんのつぶやき」
http://mixi.jp/list_voice.pl?owner_id=14027330&from=navi

http://mixi.jp/home.pl?from=global#!/voice/14027330/20130817111244

参考までに。
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# by siawaseo_anatani | 2013-08-17 22:57 | メモ
「仏祖の本意に叶う決意で継承」
日蓮宗本圀寺第104世貫首 伊藤瑞叡氏
2013年6月1日付 中外日報(この人)
http://www.chugainippoh.co.jp/interviews/konohito/20130601.html

日蓮宗で「宗門発祥の根本道場」とされる京都市山科区の大本山本圀寺第104世を継承し、5月12日に晋山式を挙行した。札幌市に生まれ、早稲田大第一文学部を卒業後、東京大大学院博士課程を修了。長く立正大で教壇に立ち、つとに日蓮教学の泰斗として知られる。70歳。

本圀寺の起源は、安房の清澄寺で立教開宗を宣言した日蓮聖人が、幕府のある鎌倉・松葉ヶ谷に庵を結び、「法華堂」と名付けたところにある。「立正安国」の激しい獅子吼ゆえに日蓮聖人は生涯に数々の難(法難)をかいくぐり、佐渡へ流される。赦されて身延山へ隠棲した後、弟子の日朗上人が鎌倉の草庵跡を復興したのが本國寺で、これが後に京都六条へ移され「本圀寺」となった。

第2次世界大戦を経て荒廃の極みに達した本圀寺を現在地へ移転、再興した63世中興・伊藤日瑞貫首は実の父。その子は平成19年、吉田日厚・前貫首の求めに応じ「学道求法講院」を再興し、「院長講主」として年10回講義する。父子2代にわたり本圀寺へ奉仕する巡り合わせである。

日瑞上人の命日(5月7日)前夜、父が書斎としていた本圀寺の執事寮2階を掃除していて何げなく手にした掛袱紗に「日瑞用」と書かれているのを見つけ、父の形見を抱いて嗚咽した。その夜、さらに押し入れから日朗上人の弟子・日印が師との問答を記した『本迹体一抄』を発見。本圀寺所蔵とされながら行方不明になっていたものだ。

本圀寺には日朗上人が自ら刻み、日蓮聖人が開眼したと伝える「生御影祖像」が安置されている。日々、御影に給仕しつつ本圀寺護持に尽くした師父のように勤めを果たしたいと願う。

京都に常在しているわけではない。札幌の本龍寺、千葉県佐倉市の昌柏寺と3カ所をほぼ10日ずつ掛け持ちで回る生活を続けている。いま「自分の行道(修行)が仏祖の本意にかない、学道が聖人の趣旨にかなうなら、本圀寺が迎えに来る」と語った父の言葉がよみがえる。

(形山俊彦)

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文中の『本迹体一抄』の記述については多少の錯誤があるが、『本迹体一抄』じたいは大変重要であると思われる。

同書については畏友犀角独歩氏が伊藤瑞叡氏より翻刻を委嘱され、すでに翻刻文は伊藤瑞叡氏の手に渡っている。

このことは松本修明氏からうかがったことである。

雑音を回避するために、翻刻者が犀角独歩氏であることをここに明記させていただくことにした。

もちろん翻刻文には「編集著作権」が発生しており、「編集著作権者」は犀角独歩さんである。
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# by siawaseo_anatani | 2013-08-12 18:46 | メモ
「第2回創価学会脱会者座談会」

長年にわたってカルト問題に取り組んでいる犀角独歩氏の提唱で始まった集まりの2回目。

今回は外部にはなかなかわからない創価学会の組織についてA氏から興味深い話が聞けた。

役職の任命書が「創価学会人事委員会」のものの他に「創価学会青年部人事委員会」からのものがあるという。

また宗教法人創価学会の正式な部局にはなっていない「広宣部」と「教宣部」の違いも理解することができた。

犀角独歩氏からは日蓮についてこれまでのさまざまな通説を塗り替えるような話があり、参加者の1人は「脱会後は日蓮にも嫌悪感があったが、今日の話を聞いて少し日蓮に興味を覚えた」と語っていた。

具体的な内容については差し控えるが、「日蓮伝」「日蓮教学」さらには日蓮死後の「教団史」はほぼ書き替えが必要になったという思いを強くした。

最後に創価学会と「政治」について短時間話した。

これまでの勉強会で、わたしはたいてい牧口時代からの歴史について繰り返し述べている。

ちょっと聞き流すと毎回同じような話なのだが、じつは毎回必ず新しい事実を入れている。

なぜ牧口時代から述べるのかといえば、そこを理解しなければその後の「変質過程」が曖昧になってしまうからである。

また、牧口時代の人脈が戦後の創価学会始動にあたって大きな意味をもっていたこと。

さらに、現在の政治状況において創価学会がどのような関わりを有しているかについても、これまでネットやマスコミでは触れられていない事実を指摘した。

今後も「創価学会脱会者座談会」は続けていくつもりである。
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# by siawaseo_anatani | 2013-08-12 14:39 | イベント
先に第1回を開催し、大いに有意義だった

「退転ではなく“進転”脱会は文化である創価学会脱会者座談会」

の第2回です。

2日後に迫りました。

参加費 :1,000~1,500円(会場費・資料代等込)

20013年8月10日午後1時より5時。

場所は都内、参加者に当日、通知。

【内容】

・脱会と脱会後体験談
・創価学会の教学問題
・創価学会の本尊問題
・創価学会の政治問題

お申し込みはメッセージを、 mixi GREE でも受け付けています。

前回は十数名の参加がありました。

以下は、犀角独歩さんによる説明。
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「退転ではなく“進転”、脱会は文化である」をテーマに創価学会脱会者座談会を開催。

ちまたに溢れる脱会者の勧誘を目的とする「折伏」罠ではない。
勧誘、強要、他者批判といった低俗は排除する。
それぞれの自覚で一堂に会して、創価学会「脱会」をテーマに、自由に意見を交換することが目的だ。
創価学会脱会を“文化”に高める集いとしたい。

「退転」といったネガティブなレッテルは返上しよう。
「進転」して脱会したのだ。ポジティブな決断だ。

わたしの経験則。脱会者の気持ちは脱会者にしかわからない。
進転した脱会者の、経験と智慧と勇気の記録を、しっかりと残し、これから陸続と続く、脱会し「進転」する方々のための、指標にまとめたい。

創価学会脱会を文化に高めよう。
大石寺双六からの脱却も目指す。
大石寺双六とは“上がり”は大石寺の戒壇本尊信仰というイージーゴーイングをいう。後世の作品に過ぎない彫刻に誣いられ最後は「本門戒壇之大御本尊」を僭称する日寛教学を廃棄し、真の日蓮の実像に迫りたい

☆参加資格
 創価学会脱会者であること
 非活、疑問を懐く現役も拒まない
 以上の方で、妨害、諜報目的でないこと
 大石寺法華講、妙観講、顕正会に入っていないこと

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# by siawaseo_anatani | 2013-08-09 17:07 | イベント
「【創価学会の曼荼羅本尊は学会員に売ったものではなく貸したもの】か?」
http://siawaseo.exblog.jp/19420322/

の続きになります。

仮に「書類」が揃っていたとします。

それでも、学会員や幹部には「請求権」はありません。

創価学会の本尊は「宗教法人創価学会」が「作製」して「下付」しているものですから、それが「貸与」であるとするならば、「返却」の「請求権」は「宗教法人創価学会」の代表役員にあることになります。

その場合は、「宗教法人創価学会」の代表役員が「署名捺印」した「返却請求書面」が必要になります。

もちろんこの「書面」には請求相手の所属組織名・住所・氏名などが明記されていなければなりません。

また、地元の学会員がその「書面」を手渡す場合には、「宗教法人創価学会」の代表役員が「署名捺印」した「委任状」が必要であり、そこには委任する学会員の所属組織名・役職・住所・氏名などが記載されていなければなりません。

そして、返却を要求するときにはその「委任状」を提示してその学会員が「宗教法人創価学会」代表役員の代理であることを証明する必要があります。


以上も創価学会だけではなく他の宗教団体にもあてはまります。
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# by siawaseo_anatani | 2013-08-07 10:37 | メモ
【創価学会の曼荼羅本尊は学会員に売ったものではなく貸したもの】

創価学会から脱会したひとたちが学会員からこのように言われるケースがあります。

しかし、これは「貸与」を示す文書などがなければ法的には意味がありません。

つまり、入会段階で「貸与」であることを「文書」などで明示し、「貸与」に際しては、それを「貸与」したことを示す「文書」がなければそこに「貸与関係が生じた」ことにはなりません。

さらに、「貸与した者」と「貸与された者」の「住所や氏名が明記された文書」があり、それに「署名捺印」などがあって、はじめて「貸与関係」が成立することになります。

「貸与であることを示す文書」がないかぎり、本尊下付は「譲渡行為」ということになります。

譲渡された「本尊」を「処分」することは「違法」でも「不法」でもありません。

ですからすでに処分したあとに「返却」を迫られても「返却する義務」はありませんし、逆に「返却の強要」で法的手段に出ることも可能だといえるでしょう。
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# by siawaseo_anatani | 2013-08-06 20:22 | メモ
「再掲 「みな友だちがはなれっちゃうんだよ」」
http://siawaseo.exblog.jp/19384380/

「8月1日の日記」
http://siawaseo.exblog.jp/19398181/

「佐野眞一氏、盗用で提訴される」
http://siawaseo.exblog.jp/19388242/

に関連して。

池田さんは1949(昭和24)年に21歳で大蔵商事に入社し1952(昭和27)年に24歳で取締役営業部長になり20万円の給料を取っていました。

大蔵商事社長だった和泉覚氏の給料は4万8千円だったといいます。

溝口敦氏によれば当時の大卒公務員の初任給は5千円以下。

現在の賃金の上昇率は約33倍、当時の20万円は現在では軽く650万円以上になる計算です。

大蔵商事で池田さんがこれだけの給料を取っていたのは歩合制だったからです。

なお、その当時の大蔵商事は町金融つまり金貸しが主な仕事でした。

池田さんはよく「若いころは貧乏だった」と書いたり述べたりしていますが、事実はまったく違うわけです。

20歳そこそこの青年がそれだけの収入を得たら考え方は変わって当たり前でしょう。

信じているものを絶対視してしまうというのは、学問の世界でも多少は似たような部分がありますが、学問の世界では必ず客観的な「批判」「検証」にさらされます。

宗教はそうした「批判」「検証」を「拒否」することで命脈を保つわけです。

距離感をわきまえていれば「宗教」にのめり込むようなこともないはづなんです。

じっさいそういうひとたちも少なくないです。

ただ、そういうひとたちはけっして「前に出よう」とはしません。

「前に出よう」とするのは距離感を見失っているからだと思います。
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# by siawaseo_anatani | 2013-08-03 21:58 | メモ

8月1日の日記

8月1日にアップした日記、

「再掲 「みな友だちがはなれっちゃうんだよ」」
http://siawaseo.exblog.jp/19384380/

いろいろなご意見をいただきありがとうございます。

もうおわかりの方もいると思いますが、紹介した聖教新聞の発言者は、

池田大作さん

です。

当時はまだ「創価学会青年部参謀室長」と前年の1958(昭和33)年戸田城聖さんの死から2ヶ月後に新設した総務を兼任しているだけでした。

この発言の1年2ヶ月後に池田さんは創価学会の会長に就任しました。
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# by siawaseo_anatani | 2013-08-03 00:48 | メモ
【「自著を無断使用」佐野眞一氏を提訴 宗教研究者】
朝日新聞デジタル 2013年7月31日21時6分

 ノンフィクション作家の佐野眞一さんに、自著の内容を無断で使われたとして、宗教研究者で元日本共産党中央委員の日隈威徳(ひぐま・たけのり)さんが31日、佐野さんに780万円の損害賠償と謝罪広告の掲載などを求める訴えを東京地裁に起こした。

 問題とされたのは、佐野さんが週刊ポスト(小学館発行)の2012年1月~6月の号で連載した「化城(けじょう)の人 池田大作と創価学会の80年」と題する記事。創価学会の歴代会長のエピソードを紹介し、歴史を振り返る内容だった。

 創価学会や公明党について研究する日隈さんは、創価学会第2代会長の生涯を描いたノンフィクション作品「戸田城聖―創価学会」を1971年に出版。佐野さんの連載記事には、同著から無断で使用した部分が43カ所あると訴えている。

 この問題で佐野さんは、昨年12月、週刊ポスト上で「配慮が足りなかった」と無断で使った部分があることを認め、謝罪。提訴後の会見で日隈さんは「本人から直接の謝罪がないため、提訴した」と話した。

 佐野さんは「訴状が届いていないので、今はコメントできない」としている。

http://www.asahi.com/national/update/0731/TKY201307310432.html

・・・・・・・・・・・・・・・
この 佐野眞一氏、盗用の常習者なんですよねぇ。

いい作品も書いているんですが、こうたびたび盗用問題をおこしていてはダメとしか言いようがありません。

提訴した日隈威徳氏は文中にもあるように宗教研究者で元日本共産党中央委員で宗教委員会の委員長をしていました。

日隈氏の著書『戸田城聖―創価学会』は、戸田城聖について初めてのまとまった研究評伝でした。

この本の内容については、わたしの「Picasaフォトアルバム」の「創価学会関連本表紙」に表紙画像と目次をアップしています。

https://picasaweb.google.com/110311647048093794491/brSJAJ#5323456910432073986
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# by siawaseo_anatani | 2013-08-01 23:06 | 事件
「『折伏しろ』っていうから、私は自分の友だちを十人ぐらいよんだのです。

……会長先生がわざわざ、私のおよびした会合に出て下さったこともありました。

しかしだれも信心しないのですよ。

一生懸命やってもね。

みな友だちがはなれっちゃうんだよ」

『聖教新聞』昭和34年2月6日

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だ、そうです。

「だれも信心しない」
「みな友だちがはなれっちゃう」

さびしい人だったようです。

ようするに、この人物に愛想をつかせたということ。

「折伏」が目的になっているのだから友人たちが見限るのも当たり前。

この人物から1対1の「折伏」をされて日蓮正宗創価学会に入り大幹部にまでなった人物は1人でもいるのだろうか。
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# by siawaseo_anatani | 2013-08-01 13:40 | 資料紹介