FBI(笑)Oh My Buddaha !・直接間接を問わず、関係・関連することがらを含めメモしていく。過去の記事も加筆訂正することがある。


by FBI(笑)Oh My Buddaha !

タグ:創価学会 ( 12 ) タグの人気記事

「宗教」は電話帳の職業分類では「サービス業」に分類されます。

手前が「サービス業」だという自覚のないモノがほとんどですし、あきまへんの世界です。

坊さんだの教団職員は「サービス業」の「従事者」。

では信者はなにか。

たんなる「顧客」です。

幹部であろうが教団から「給与」をもらっていなければ「顧客」ということになります。

その顧客が勘違いして「サービス業」の「営業」「宣伝」をする、している、させられている、ということです。

「サービス業」の従事者からすれば大喜びでしょう。
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by siawaseo_anatani | 2013-09-05 15:17 | メモ
「【創価学会の曼荼羅本尊は学会員に売ったものではなく貸したもの】か?」
http://siawaseo.exblog.jp/19420322/

の続きになります。

仮に「書類」が揃っていたとします。

それでも、学会員や幹部には「請求権」はありません。

創価学会の本尊は「宗教法人創価学会」が「作製」して「下付」しているものですから、それが「貸与」であるとするならば、「返却」の「請求権」は「宗教法人創価学会」の代表役員にあることになります。

その場合は、「宗教法人創価学会」の代表役員が「署名捺印」した「返却請求書面」が必要になります。

もちろんこの「書面」には請求相手の所属組織名・住所・氏名などが明記されていなければなりません。

また、地元の学会員がその「書面」を手渡す場合には、「宗教法人創価学会」の代表役員が「署名捺印」した「委任状」が必要であり、そこには委任する学会員の所属組織名・役職・住所・氏名などが記載されていなければなりません。

そして、返却を要求するときにはその「委任状」を提示してその学会員が「宗教法人創価学会」代表役員の代理であることを証明する必要があります。


以上も創価学会だけではなく他の宗教団体にもあてはまります。
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by siawaseo_anatani | 2013-08-07 10:37 | メモ
【創価学会の曼荼羅本尊は学会員に売ったものではなく貸したもの】

創価学会から脱会したひとたちが学会員からこのように言われるケースがあります。

しかし、これは「貸与」を示す文書などがなければ法的には意味がありません。

つまり、入会段階で「貸与」であることを「文書」などで明示し、「貸与」に際しては、それを「貸与」したことを示す「文書」がなければそこに「貸与関係が生じた」ことにはなりません。

さらに、「貸与した者」と「貸与された者」の「住所や氏名が明記された文書」があり、それに「署名捺印」などがあって、はじめて「貸与関係」が成立することになります。

「貸与であることを示す文書」がないかぎり、本尊下付は「譲渡行為」ということになります。

譲渡された「本尊」を「処分」することは「違法」でも「不法」でもありません。

ですからすでに処分したあとに「返却」を迫られても「返却する義務」はありませんし、逆に「返却の強要」で法的手段に出ることも可能だといえるでしょう。
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by siawaseo_anatani | 2013-08-06 20:22 | メモ
創価学会には教学部員制度があります。

現在は、

任用試験合格で助師
初級(3級)合格で助教授補
中級(2級)合格で教授補
上級(1級)合格で教授

()の中の級は「青年教学」と呼ばれ青年部員での呼称で、壮年部と婦人部は初級中級上級と呼称しています。

昔は、任用合格で助師で、そのあとは、

講師
助教授補
助教授
教授補
教授


で、教授の中から池田大作さんが「師範」を数名任命していました。

長くなりますが、創価学会教学部員のカリキュラムを参考のためにアップします。

カリキュラムについては現役の創価学会員のひとたちも詳しくは知らないようです。

以下は、創価学会教学部編『教学入門』聖教文庫、1972(昭和47)6年月6日発行より

・・・・・・・・・・・・・・・
教学部員カリキュラム(教科課程)

このカリキュラムは教学力を着実に養うために、助師から教授にいたるまでの各クラス別に編成されたものです。日蓮大聖人の御書を系統立てて研さんしていくうえで一つの基準、めやすを示すものであります。

※小説「人間革命」は全教学部員の必須教材とする。


【助 師】

御消息文、特に有名な御書のマスター(教学行事・座談会で使用されている御書)

◯必須10編

種種御振舞御書(0909ページ)
佐渡御書(0956ページ)
聖人知三世事(0974ページ)
兄弟抄(1079ページ)
経王殿御返事 (1124ページ)
聖人御難事(1189ページ)
日女御前御返事[御本尊相貌抄](1243ページ)
阿仏房御書[宝塔御書](1304ページ)
諸法実相抄(1358ページ)
異体同心事(1463ページ)

◯準必須20編

華果成就御書(0900ページ)
可延定業書(0985ページ)
治病大小権実違目[治病抄](0995ページ)
太田入道殿御返事[業病能時事](1009ページ)
曾谷殿御返事[成仏用心抄](1055ページ)
兵衛志殿御返事[三障四魔事](1090ページ)
四条金吾殿御返事[煩悩即菩提御書](1116ページ)
四条金吾殿御返事[此経難持御書](1136ページ)
四条金吾殿御返事[衆生所遊楽御書](1143ページ)
四条金吾殿御返事[八風抄](1150ページ)
四条金吾殿御返事[法華経兵法事](1192ページ)
檀越某御返事(1294ページ)
新池御書(1439ページ)
三沢抄[佐前佐後抄](1487ページ)
上野殿後家尼御返事[地獄即寂光御書](1504ページ)
上野殿御返事[梵帝御計事](1537ページ)
南条殿御返事[法妙人貴事](1578ページ)
白米一俵御書(1596ページ)
身延相承書[総付嘱書][日蓮一期弘法付嘱書](1600ページ)
池上相承書[別付嘱書][身延山付嘱書](1600ページ)
日興遺誡置文(1617ページ)

※必須については、助師のときにぜひともマスターしてほしい御書で、準必須は助師・
講師の段階で一通り勉強してほしい御書である。


【講 師】

1.助師にあげた必須、準必須の御書を必ずマスターすること。
2.重要御消息文50編(別掲)についても研さんすること。
3.以上に加えて、次にあげる御書を研さんしてほしい。(◎印は特に重要な御書)

◎一生成仏抄(0383ページ)
◎如説修行抄(0501ページ)
◎顕仏未来記(0505ページ)
◎諌暁八幡抄(0576 ページ)
宿屋入道への御状(0169ページ)
北条時宗への御状(0169ページ)
宿屋左衛門光則への御状(0170ページ)
平左衛門尉頼綱への御状(0171ページ)
北条弥源太への御状(0172ページ)
建長寺道隆への御状(0173ページ)
極楽寺良観への御状(0174ページ)
大仏殿別当への御状(0174ページ)
寿福寺への御状(0175ページ)
浄光明寺への御状(0175ページ)
多宝寺への御状(0176ページ)
長楽寺への御状(0176ページ)
弟子檀那中への御状(0177ページ)
一昨日御書(0183ページ)
法華初心成仏抄(0544ページ)
法華経題目抄(0940ページ)
四菩薩造立抄(0987ページ)
諸経と法華経と難易の事[難信難解法門](0991ページ)
法蓮抄[父子成仏抄](1040ページ)
祈祷抄(1344ページ)

○それに準教材として「創価学会入門」を用いる。


【助教授補】

1.助師・講師にあげた御書をマスターすること。
2.重要御消息文50編(別掲)についても研さんすること。
3.以上に加えて、次にあげる御書を研さんしてほしい。

立正安国論(0017ページ)
開目抄(0186ページ)
撰時抄(0256ページ)
報恩抄(0293ページ)
教行証御書(1276ページ)

○それに準教材として「創価学会入門」を用いる。


【助教授】

1.助師・講師・助教授補にあげた御書をマスターすること。
2.重要御消息文50編(別掲)についても研さんすること。
3.以上に加えて、次にあげる御書を研さんしてほしい。

如来滅後五五百歳始観心本尊抄[観心本尊抄](0238ページ)
木絵二像開眼之事[法華骨目肝心](0468ページ)
当体義抄(0510ページ)
三大秘法禀承事[三大秘法抄](1021ページ)
曾谷入道殿許御書[五綱抄](1026ページ)
生死一大事血脈抄(1336ページ)
草木成仏口決(1338ページ)
富士一跡門徒存知の事(1601ページ)
五人所破抄(1610ページ)

4.助教授より「六巻抄」を用いる。

三重秘伝抄
文底秘沈抄


【教授補】

1.助師から助教授までにあげた御書をマスターすること。
2.以上に加えて、次にあげる十大部等の御書を研さんしてほしい。

唱法華題目抄(0001ページ)
法華取要抄(0331ページ)
四信五品抄(0338ページ)
下山御消息(0343ページ)
本尊問答抄(0365ページ)
御義口伝(0701ページ)

3.六巻抄(助教授の教材に加えて)
依義判文抄
末法相応抄
当流行事抄


【教 授】

1.御書全編に通ずる。
2.六巻抄全部に通ずる。



【助教授までにマスターすべき重要御消息文50編】

清澄寺大衆中(0893ページ)
新尼御前御返事(0904ページ)
富木殿御返事(0962ページ)
土木殿御返事(0963ページ)
法華行者逢難事(0965ページ)
富木尼御前御返事[弓箭御書](0975ページ)
転重軽受法門(1000ページ)
曾谷入道殿御返事[如是我聞事](1057ページ)
秋元殿御返事[五節供御書](1070ページ)
四条金吾女房御書[安楽産福子御書](1109ページ)
月満御前御書[月満誕生御書](1110ページ)
四条金吾殿御消息[竜口御書](1113ページ)
同生同名御書(1114ページ)
王舎城事(1137ページ)
四条金吾殿御返事[智人弘法抄](1148ページ)
四条金吾殿御返事[世雄御書](1165ページ)
崇峻天皇御書[三種財宝御書](1170ページ)
中務左衛門尉殿御返事[二病抄](1178ページ)
四条金吾殿御返事[源遠長流御書](1180ページ)
四条金吾殿御返事[石虎将軍御書](1185ページ)
寿量品得意抄(1210ページ)
日妙聖人御書(1213ページ)
乙御前御消息[身軽法重抄](1218ページ)
弥源太殿御返事[善悪二刀御書](1226ページ)
さじき女房御返事[帷供養御書](1231ページ)
妙密上人御消息[法華経功徳抄](1237ページ)
妙一尼御前御消息[冬必為春事](1252ページ)
大悪大善御書(1300ページ)
千日尼御前御返事[雷門鼓御書](1315ページ)
松野殿御返事[十四誹謗抄](1381ページ)
松野殿後家尼御前御返事[盲亀浮木抄](1390ページ)
妙法尼御前御返事[一句肝心事](1402ページ)
妙法尼御前御返事[臨終一大事](1404ページ)
内房女房御返事[白馬白鳥御書](1420ページ)
船守弥三郎許御書[伊豆配流事](1445ページ)
椎地四郎殿御書[如渡得船御書](1448ページ)
弥三郎殿御返事(1449ページ)
減劫御書[智慧亡国書](1465ページ)
三三蔵祈雨事(1468ページ)
蒙古使御書(1472ページ)
妙心尼御前御返事[病之良薬御書](1479ページ)
十字御書(1491ページ)
本尊供養御書(1536ページ)
上野殿御返事[水火二信抄](1544ページ)
上野殿御返事[竜門御書](1560ページ)
上野殿母御前御返事[四十九日御書](1568ページ)
上野尼御前御返事[鳥竜遺竜事](1580ページ)
法華証明抄(1586ページ)
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by siawaseo_anatani | 2013-07-26 17:35 | 資料紹介
たいへん有意義な集いでした。

十数名参加のうち脱会者と未活動会員(辞めたいけれどさまざまな事情で辞めていない)が半々くらいでした。

4時間があっという間で、会場の都合で喫茶店に移って2時間くらい話しました。

その後、話し足りないひとたちがいたので電車の最終くらいまで場所を移して話しました。

辞めた人たちの多くが、辞めた後も「罰があたるのではないかと不安だった」と言っていました。

あと驚いたのは全員が1度も池田さんや大幹部と直接話した事がないにもかかわらず、活動していたときは池田さんを「師匠と思っていた」という点でした。

辞めたり未活になったきっかけは周囲の学会員や幹部の言動や対処のでたらめというのが多く、池田さんのウソや学会史のウソもその中に含むとほぼ全員でした。

さらに深刻に思ったのは、学会に入ってからメンタル面で問題を生じたケース(自覚あり)が数人いました。

留まるのも辞めるのも「自由」です。
今回の「脱会者座談会」でも、まだ脱会していないひとに対しては一言も「脱会をすすめる」ような発言はありませんでした。

脱会したひとは自分が脱会するに至った経緯を話し、未活のひとはなぜ活動から遠ざかったのか、なぜ辞めたいのか、なぜやめるこさができないのか、などを率直に話してくれました。

未活のひとたちからはいくつもの疑問や不安が出され、それらについてわたしをはじめ出席者がそれぞれ意見や回答をしましたが、みなさん納得していました。

「疑うことは謗法」
「疑うことは退転」
「疑うことは地獄行き」
「疑うことは池田先生に対する裏切り」
そんなことしか組織からは返ってこなかったといいます。

つまり、これまで学会の組織の中で1度も明確かつ具体的に回答がなかった、あったのは回答のかわりに「指導」だったり「強制」だったり「脅迫」だったということです。

「退転」「謗法」「地獄行き」「裏切り」などと決めつけることで「脅迫」し「思考停止」させようということですね。

そんなことをしなくても本当に魅力があり自信があるならば具体的かつ明確に回答すればいいだけなのですが、それができない、許されないのがいまの創価学会ではないでしょうか。
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by siawaseo_anatani | 2013-06-12 14:26 | イベント

こだまでしょうか

こだまでしょうか 


『罰だ』っていうと 
(そういう考えが)(あたり)だ』っていう。 

『地獄に堕ちる』っていうと 
(そういう考えが)地獄に堕ちる』っていう。 

『どこまでも追いつめる』っていうと 
(そういう考えがあなたを)どこまでも追いつめる』っていう。 

そうして、あとでうれしくなって、 
『だよね』っていうと 
(あんた、ダメ)だよね』っていう。 

こだまでしょうか(歓喜) 


いいえ、だれでも(溜息)

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by siawaseo_anatani | 2012-07-25 00:19 | カルト
創価学会や日蓮正宗、その他いろいろな教団問題を長年やってきましたが、いちばんのネックは後遺症にあります。

長いあいだ非活動だったり内部アンチだった場合は、比較的かるい後遺症で済むと言えますが、活動していたものが突然辞めたり他の教団に移った場合は、活動していたときの考え方のままなのです。

ほんもの探しで教団ジプシーになるケース
宗教には懲りたといって政治やエコロジーや「愛国」に移るケース

いづれも、考え方はそのままで、たんに立ち位置が替わっただけでしかありません。

当人たちは教団を辞めたのだから、その教団の影響などない、と否定しますが、私の経験からは例外なく影響下にあると判断することになります。

攻撃的な教団にいて他に移った場合、大半のひとが元いた教団に対して攻撃的になります。

そして、自分の考え方とちがっていたり、自分の理解できないことに対して、敵だと思い込む傾向が強くあります。

つまり、元いた教団の思考パターンのままなのです。

それが正義だと思い、
それを主張し、
それを他人に強要する。

それが「信心」だとか「使命」だとか思い込んでいるひとの、なんと多いことか。

40年ちかくこうした問題にかかわってきましたが、こういうケースはこれからも続くでしょう。

けれど、いつか終止符が打たれることを願って、かかわり続けるしかありません。
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by siawaseo_anatani | 2012-07-24 00:00 | カルト
全集未収録。
編集著作権あり。


・・・・・・・・・・・・
K山 あんたと僕とは同じところにはいっていたのだね、巣鴨に……。

T田 私は昭和十八年の七月六日から二十年の七月三日までおりました。
先生は……。

K山 僕は十七年からいた。

T田 それはずいぶん早いんだな。

K山 あんたは何舎にいたの。

T田 僕は二舎。
二階の三十二房だ。
独房ですよ。

K山 あんたの下に僕はいたんだ。
あんたがたの北側に宮本顕治がいたんだよ。

T田 いた、いた、あれはいばっていたよ。
どんな貴族さんがここにいるのかと思ったよ。
大島の着物を着て散歩していやがるのだよ、なんて偉い人かしらと思ったよ。

K山 おれは君の下にいたが……。
おれはあんたの「人間革命」という小説を読んだが、あんたの記述はずいぶん違っているよ。
警視庁の一房の間取りなんかも勘違いしている。

T田 それは勘違いなんかしてはいないのだよ。
小説というものは……。

K山 そうそう、そういって逃げるだろうと思った。

T田 あんなもの、ほんとうに書いたらおかしくなるよ。
ところであんた何悪いことをやったの……。

K山 治安維持法違反の親玉だよ。

T田 僕も治安維持法……。

K山 君は不敬罪がくっついていたろう。

T田 それはくっつくよ。
しょうがないよ。

K山 そういう点で、あんたと腐れ縁があるね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ある対話 1957 戸田城聖 創価学会 日本共産党(02)」
http://siawaseo.exblog.jp/16552257/
に続く。
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by siawaseo_anatani | 2011-03-06 19:55 | 資料紹介
早ければ7月中に第1弾がありそうです。

8月の中旬以降にも、別のサプライズが決定しているようです。

8月上旬あたりにもうひとつ考えてみようかと思っています。
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by siawaseo_anatani | 2009-07-07 11:17 | 顕正会(妙信講)
 イントロダクション
  1.創価学会は池田学会か?

 この20年ほど、創価学会がマスコミにとりあげられる場合は、それらのほとんどがスキャンダラスな話題であったといって過言ではない。

 もちろん、中には学会造反派や内部告発者らによる批判もあったが、それとても創価学会を批判する形はとりながらも、実質的には、“池田大作をターゲット”にして攻撃したものであった。

「創価学会=池田大作であり、公明党=池田大作である」
という認識、イメージは、いまや当たり前となっている。

 創価学会員にいわせると、
「いや、そんなことはない。池田先生は学会の名誉会長だけれど、学会自体は、秋谷会長や森田理事長らによって合議のうえ運営されている」
ということになる。

しかし、これは
「学会は池田氏によって私物化されているのではないか」
という疑問なり批判に対してなされる単なる反論にすぎない面もあろう。

それは、学会員が他人を折伏する時のことを考えればよくわかる。

 彼らが折伏する際に、「これを読んでみて」と相手に渡すものは、池田氏の“著作”であり『聖教新聞』である。

その聖教新聞も、池田氏が著名人と会談したことや、勲章や名誉市民、名誉教授、名誉博士号を貰ったことを一面に大きく掲載したものがよく使われる。

これはグラフ誌である『グラフSGI』でも同様であり、学会員自らが学会のことよりも池田氏の話題を、話を始めるきっかけにしているのだ。

学会員は無意識のうちに池田氏を“人寄せパンダ”(死語)にしているといえよう。

 ところが、外部の者からしてみれば、それは「池田氏の売名行為」に思え、そのような池田氏を礼讃する学会員にあきれ、うんざりし、かえって池田氏を下すだけだという事に、学会員は気がつかないのである。

 池田氏が名誉博士号や勲章を貰うことに反対するつもりはない。

それによって学会員が自分達の指導者を誇りとする気持ちも理解できるし、大いに結構なことである。

しかし、勲章や名誉博士号が、金品の授受によって行なわれることがあるのも、また、事実なのである。

著名人との会見も、しかり。

 池田氏の場合がそうであるというのではない。

だが、勲章や名誉博士号を貰ったり、著名人たちと文学談義や人生談義を交わすことより、彼らを折伏した方が、よほど実りある行為だという批判も少なくない。
(かつて、失脚したパナマのノリエガ将軍が学会員であると一部のマスコミで報道されたが、池田氏の折伏によるものであるかどうかは不明であり、ここでは池田氏による著名人折伏の例とはしない)


  2.唯神論による世界戦略と創価学会

 また、池田氏の著名人会見ツアーや国連重視路線も、創価学会の教義や日蓮正宗の信仰とは全く関係ないものといってよいであろう。

 それどころか、池田氏の言動は、彼が信仰しているはずの日蓮正宗以外のものに依って為されている、という飛躍した意見もある。

 この件については、ここでこれ以上触れるつもりはないが、池田氏の著名人会見ツアーや国連重視路線の原点は、彼の入信以前、昭和20(1945)年、創価学会第2代会長(当時 理事長)だった戸田城聖(当時 戸田城外)にあると考えられるということだけは記しておこう。

 現在世界情勢は、東西冷戦を過去のものとして、パックス・アメリカーナへと移行しているが、その本質は、いうならば“唯神論による世界戦略”であり、「パックス・ゴッディズム」とでもいうべきものであろう。戦後過程を通じてより明らかとなってきたであろうその真理は、ABCDラインの全世界規模での再現を目指していると考えられる。

 創価学会が、世上よく言われるように、“池田学会”(この語は昭和51年当時、われわれが初めて使ったものであるが)であるならば、池田氏以外の学会員がどの様に考えようとも、創価学会は“唯神論による世界戦略”に、既に完全に組み込まれているといってよいと思われるのだ。

 もちろん、創価学会なり池田氏なりが、最初からそうであったとは決して思わないし、悪いとも思わないが、しかし、徐々に変化・変質して現在にいたったことは間違いないだろうと思われる。

 どのように変化し、変質したかは、創価学会の歴史を再点検することによって、明らかとなってくるであろう。


  3.創価学会史区分の試み

 創価学会の歴史を概観すると、いくつかの転換点と事件を指摘することができる。

すなわち、大きく区分するならば、

戦前の創価教育学会時代を第1期、
戦後の戸田城聖による再建から彼の死までを第2期、
言論問題のあった1970年までを第3期、
政教分離以後、正信覚醒運動の始まりまでが第4期、
それから日蓮正宗と創価学会の対立再燃までを第5期、
そして日蓮正宗による創価学会の破門を経て現在までを第6期、

というふうに捉えてみたい。

これらを更に細分化するならば、第1期は教育研究団体から信仰組織へ方向転換した時点で区切られ、第2期は戸田城聖の会長就任をもって分けることができよう。

第3期は衆議院進出と公明党の結成のあった1964年で区切れ、第4期は共産党との10年協定および池田・宮本題治会談をひとつのエポックとすることができる。

第5期は、北条浩第4代会長の急死によって分けられるが、それ以後池田氏の本格的な復権が始まったと考えられる。

第6期は現在も続いていると考えられるが、池田氏をはじめとする創価学会大幹部の日蓮正宗信徒除名と、日蓮正宗による創価学会の破門で区切ることができるだろう。

これらの時期を、後半をそれぞれ′(ダッシュ)期としたうえで、各期における事件をあげてみよう。

まず1期には、牧口常三郎初代会長の著作『創価教育学体系』が4巻までで刊行中止となり、1′期には牧口、戸田をはじめとする学会幹部の検挙および牧口の獄死がある。

2期は、“折伏大行進”、2′期は地方選および参議院選という“政界進出”があった。

3期には公明政治連盟の結成と国立戒壇論の放棄、さらには公明党の結党と衆院進出がある。3′期には、安保論争を吹き飛ばした観のある“言論問題”と公明党との“政教分離”があった。

4期は、言論問題以後の“柔軟路線”への転換と正本堂の建立、妙信講との教義論争などがあり、4′期では世上を騒がせた日本共産党との“10年協定”“池田・宮本会談”日蓮正宗からの独立路線の発覚と脱会者および正宗僧侶による正信覚醒運動があった。

5期には日連正宗における反学会派僧侶の大量除名と、池田氏の巻き返しがあり、5′期は、北条浩4代会長急死による池田氏の本格的な復権があったものの学会および公明党の実力者幹部らによる相つぐ池田批判が巻き起こっている。

6期は、日蓮正宗との紛争再燃、6′期には公明党の政権与党化と池田氏を「永遠の師」と会則に明記した。

物語には起承転結があるが、それを創価学会の歴史にあてはめるとするならば、現在はどういうことになるだろうか。

約20年前に、われわれは次のように記した。

「終焉か更なる飛躍か、文字通り決定的な転換期をむかえていることは確かなようである。
いや、それは池田氏や創価学会だけでなく日本それ自体についても言えることかもしれないのだ。」

当時はまだ、創価学会破門前、バブル経済も破綻してはいなかった。

しかし、まもなくして創価学会も、そして日本も「文字通り決定的な転換期をむかえ」ることとなった。

とりあえず、われわれは、創価学会の歴史を辿ってみることから、作業を始めよう。
・・・・・・・・・・・・・
【補足】
学会史を区分するのにもっとも分かり易いのは、牧口時代・戸田時代・池田時代の3つに分けることではある。

本稿でいえば第3期以降は池田時代ということになる。

しかし、この池田時代は既に半世紀近くにも及ぶ長期にわたっている。

当然のことながら、この間に創価学会自体は大きく変貌をとげた。

これは変貌、変化、変質などさまざまな形容で語ることができるが、近い将来に訪れる「ポスト池田」時代には、また新たな創価学会が出現してくるであろう。

来年、2010年は創価学会・公明党による「言論出版妨害事件」のいちおうの終息から丸40年になる。

この「批判拒否体質」「無謬神話」はいまもって是正されているとは思えない。

では、この創価学会の体質のよってきたるところは何処にあるのか、それを考え検証することで今後の彼らの方向も見えてくるのではないかと思うのだ。
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by siawaseo_anatani | 2009-07-06 15:37 | 創価学会攻防史