FBI(笑)Oh My Buddaha !・直接間接を問わず、関係・関連することがらを含めメモしていく。過去の記事も加筆訂正することがある。


by FBI(笑)Oh My Buddaha !
 創価版の正式な書名は、たんに、「日蓮大聖人御書全集である。
 「新編」も「創価学会版」もない。
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 かつて記されていた、
 「日蓮正宗」や「大石寺版」という表記も同じである。
 それは扉や奥付を見れば明らかである。
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 これらの文字は、本体の背表紙と函の背に記されているだけで、いってみればキャッチコピーのようなものでしかないのである。
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 創価版は「全集」とはいうものの凡例によれば、日蓮の真筆であっても、
 「建長五年宗旨建立已前の戒体即身成仏義等数篇」
 「現代教養に裨益なき十王讃歎抄・八大地獄抄等」
 「純天台なる三八教・秀句十勝抄等の如き縦い御真筆でも御抄録分と見做して」
掲載せず、逆に、
 「真偽未決の問題となるものも信行に資するものは之を取る。」
という。
 要するに、都合の良くないものは掲載しないが、都合の良いものは掲載する、ということである。
 これで「全集」と名づけるのだから度胸があるとしかいいようがない。
 たとえば「立正安国論」などは、後年、日蓮自らの手で増補訂正したいわゆる「立正安国論広本」の真筆が現存しているが、創価版には掲載されていない。
 また、真筆は現存しないものの、いわゆる「録内」には収録されている「波木井殿御報」も掲載されてはいない。
 この「波木井殿御報」は、弘安五年九月十九日の日付けがあり日蓮最後の文といわれるものである。
 こうしたものが掲載されず、古来より日蓮の遺文とはみなされていなかった「本因妙抄」や「百六箇抄」は「相伝書」として掲載されている。
 しかしこの二書は古写本もなく、元々は大石寺のものですらない。
 本因妙抄の写本は、京都要法寺日尊本、保田妙本寺日我本、京都要法寺日辰本など。大石寺日時本というのがあるとされるが公開はされていないし、創価版の目次では出典つまり底本は富士宗学要集の第九巻資料類聚となっている。
 百六箇抄の写本は、北山本門寺日山本、保田妙本寺日我本、京都要法寺日辰本・保田妙本寺日山本西山蔵。こちらも出典を富士宗学要集の第九巻資料類聚としている。
 「相承書」としては「身延相承書」「池上相承書」「産湯相承書」が掲載されている。
 このうち、「身延相承書」は、ほぼ偽書とみなされているが、「録外」に収録されているため、他の日蓮宗系の遺文集にも「日蓮一期弘法」などの書名で、いちおうは掲載されている。
 もうひとつの「池上相承書」は「録内」「録外」はおろか、ほとんどの遺文集や遺文目録にも掲載されておらず完全な偽書扱いのものである。

 身延相承書池上相承書は、京都要法寺日廣本、京都要法寺日辰本西山本門寺蔵、北山本門寺日出本が主な古写本であるが、創価版では富士宗学要集の第九巻資料類聚が出典となっている。
産湯相承書」も、日山写本、日悦写本、左京日教本などがあるが、これも同様に富士宗学要集の第九巻資料類聚が出典である。
 御義口伝は、上巻は京都要法寺日経本と大石寺本、下巻は京都要法寺日経本があるとされているが、創価版は既刊の「日宗社」の活字本をそのまま掲載している。
 同様に御講聞書も、京都要法寺の大永本を使用しないで、これも「日宗社」の活字本をそのまま掲載している。
 こうした恣意的な取捨選択による編集や既刊本の転載による遺文集では、

とてもではないが「古今を通じて最も誇り得べき」「全集」の名に値しない
のではないだろうか。

 創価版は、「日蓮遺文」「付録日興上人書(三編)」を目次に掲載しているので、これを本編とみなせるが、収録されている日興著作については以下のようになる。
富士一跡門徒存知事は富士宗学要集第一巻相伝・信条部が出典・底本だが、これは大石寺蔵の日誉本に堀日亨が他の写本と照校し校訂を加えたというが、日興の直筆は存在していないし、古写本もない。しかも書写した日誉は、大石寺の僧侶ではなく重須(北山)本門寺の僧侶である。
五人所破抄は日興の談を日順が草案としてまとめたとされるものであり厳密には日興の著作とは言えず、日順の直筆もなく、写本としては重須本門寺日代本、京都要法寺日辰本、下条妙蓮寺日諦本などがあるが、富士宗学要集第二巻宗義部を出典・底本としている。
日興遺誡置文日興の直筆はなく、写本は保田妙本寺蔵日我本があるが、出典・底本はこれも富士宗学要集の第九巻資料類聚となっている。
 つまり、戸田城聖が「発刊の辞」で述べるような、
「最も重要なる血脈抄・本因妙抄等日蓮正宗門外不出の御抄」
なるものは、本因妙抄には伝日時写本とされるものがあるというものの真筆はひとつもなく、他の文書も主要な写本も全て大石寺日蓮正宗のものではないし、掲載されている日興の著作も真筆がなく全て写本で、大石寺にあるという「富士一跡門徒存知事」の写本も重須(北山)本門寺僧侶日誉による江戸時代のものである。つまり
これらはみな「日興門流の文書」ではあっても、けっして「日蓮正宗大石寺の文書」ではないのである。
 仮りに「日蓮正宗門外不出」というならば、他山他寺の写本ばかりなので日蓮正宗のものとして出すことを憚ったということではないか。それを堀日亨が得々として出したものに戸田城聖が飛びついてしまったわけである。文字通り典型的な我田引水の見本のようなものである。

 創価版の巻頭の目次にはないが、巻末には、
 「弟子檀那等列伝」
 「年表」
が掲載されており、これは付録ということだろう。もっともこれも行道文庫版の模倣である。
 「弟子檀那等列伝」は文体からも「編者」である堀日亨のものと思われる。
 「年表」については、堀日亨が「序」で次のように記している。
 「
殊に学会の教学部に於いて(中略)略伝年表まで作成されたことは望外の僥倖であつた」

 余談ではあるが、2015年10月に行なわれた創価学会の会則変更について、「創価学会は大石寺の板漫荼羅を否定した」などという批判もいまだになされているが、それはまちがっている。
 変更された会則では曖昧かつ微妙、玉虫色とも鵺的ともいえる表現である。
 創価学会の根本経典は昔も今も創価版の「日蓮大聖人御書全集」であり、厖大に出版されている書籍のほとんどが聖教新聞社発行であるのに対して、この創価版は創価学会発行で一貫している。なお、「編年体 日蓮大聖人御書」も昭和四十八年発行の初版は創価学会の発行となっているが最新版は未見のため不明である。
 そこで創価学会版に付された年表である。
 弘安二年の項には次のように記されている。

身延に在り、九月熱原の法難あり、十月戒壇の大御本尊を末法万年の為に書示せらる(年表16頁)
 会則の変更がなされても年表の板漫荼羅についての記述には変更がないのだ。
 ちなみに、編年体初版の年表38ページでは、
○10・12 一閻浮提総与の本門戒壇の大御本尊を建立される〔曼荼羅脇書〕
と、ゴシック体で記載されている。

 年表は創価学会教学部の作成なのであるから、板漫荼羅を否定したのであればこの年表の記述も変更もしくは削除してよさそうなものである。
 根本経典である創価版の中で依然としてそのまま残しているということは、現段階で創価学会は板漫荼羅を否定するつもりはない、ということであろう。
 これはおそらく長期的な戦略に立った上での選択であると思われる。


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by siawaseo_anatani | 2016-11-14 08:08 | 学会系出版物
『日蓮大聖人御書全集』(創価)昭和27年、について02
 「編集」について



 ではさらに、「新編」「全集」とはどういうことなのか。
 先行する類似の書名としては、浅井要麟が編纂し平楽寺書店が刊行した
『昭和新修 日蓮聖人遺文全集』全三巻

があるが、これは編年体であった。
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 創価版は編年体でもなく、義類別でもない。
 創価版の凡例によれば、
 「首に唱法華題目抄等を掲げて大聖人の当初の大小権実判等の折伏篇を示して立正安国論の大義の起因を明かにし、又之に反応する公辺の諸篇を列して開目抄観心本尊抄等の本迹種脱人法開顕の深義に進んだ」
 「更に各般の所対に応じて進展せる御抄を列ね」
 「次に弟子檀那等への御消息は個別の下には編年にした」
 つまり、前半は内容を重視し、後半は個人ごとに編年で類別しているという。
 完全な内容別でもなく、編年体でもない。
 そのために、日蓮の思想の発展経過などは理解ししにくい
 これで「全く大聖化導の始終を一目するに便し」(凡例)た編集などと言えるとしたらパラノイアではないかとすら思える。

 創価版にいくぶんか近い編集をしているのは高佐貫長(高佐日煌)編・皇道仏教行道会(現・日蓮宗霊断師会)
『日蓮聖人御遺文 全』
であり、堀日亨はそれを模倣したようにも思える。
 じつは全体を二つに大別し、後半に消息文を配置するというのは、この高佐貫長師が編集主任となって戦前に出版した『日蓮聖人御遺文 全』(以下、高佐版と略記)
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とほぼ同じである。巻末に門下の列伝と年表を収録しているのも同様の模倣で、違っているのは「御義口伝(日興記)」と「御講聞書(日向記)」が、高佐版では本編の最後つまり列伝と年表の前に置かれていたものを、創価版では前半に持ってきたことである。
 高佐版の前半は「御著作篇」として、「主要書」「教義書」「信行書」「対外書」「聖跡書」に分けられているが、創価版の前半にはそうした分類もない。
 書名にしても編集にしても、良いとこ取りを試みて虻蜂取らずに終わった観がある。
 ただ、ある種独特の配列は、「目新しい」というよりも、「新奇」もしくは「珍奇」な編集とはいえるかもしれないが、収録遺文の書名索引もないために使い勝手の悪いこと甚だしい。
 ちなみに、この使い勝手の悪さをなんとかしようとして昭和四十八年に出版されたのが、
創価学会教学部編『編年体 日蓮大聖人御書』
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である。
 編年体は創価版を編年体にしただけではなく、本文の活字も組み直しているので、その段階でできるかぎりの誤字の訂正なども行なわれている。さらに、巻末には遺文名の索引も付され、編年体のページだけではなく創価版のページも記されている点は親切である。また、年表も大幅に改訂され遺文名の記載が大幅に増えており、「堀日亨・編」とされる創価版よりもはるかにましである


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by siawaseo_anatani | 2016-08-24 16:43 | 学会系出版物
『日蓮大聖人御書全集』(創価)昭和27年、について01
 「書名について」

《内容》

発刊の辞(戸田城聖)/4P
序(堀日亨)/4P
凡例/2P
目録の読み方/1P
目次/29P

命名不能分類(四分割)/1~594
 釣りもの/595~700
 御義口伝/701~803
 御講聞書/804~847
 申状/848~853
 百六箇抄/854~869
 本因妙抄/870~877
 産湯相承/878~880

消息・断簡類(四分割)/881~1599
 身延相承・池上相承/1600

付録
 富士一跡門徒存知の事/1601~1609
 五人所破抄/1610~1617
 日興遺誡置文/1617~1619

巻頭目次未記載
 弟子檀那等列伝/1~22
 年表/1~17
奥付/1P


 本書は昭和二十七年に定価千二百円で六千部発行された。
高卒公務員の初任給が4,600円、ラーメン一杯35円、新聞の購読料が一ヵ月280円のころである。
当時の会員数は公称で九千数百人、約一千世帯であったとされるが、初版を売り切るのには一年ほどかかったといわれている。

 日蓮の遺文集は大別すると、編年体と類別編集がある。
 本書の場合は、目次では前半最後の産湯相承までは一行あけでいちおう四つに類別編集されてはいるが、各類の命名はされておらず、仮に命名しようとしてもほとんど不可能である。
 また後半の消息類も四つに大別されているが、たんに対告衆のおおまかな居住地別というだけであって、凡例に記されているような、
「全く大聖化導の始終を一目するに便し」
などというものではない。

 『新編 日蓮大聖人御書全集』(以下、創価版と略記)は、初版発刊当時の背表紙には、
 「日蓮正宗/新編/日蓮大聖人御書全集/大石寺版
と記されていた。
 次いで、
 「日蓮正宗/新編/日蓮大聖人御書全集/創価学会版
と変更されたが、第一次宗創紛争後に、
 「日蓮正宗/新編/日蓮大聖人御書全集/大石寺版
に戻され、第二次宗創紛争後は、
 「新編/日蓮大聖人御書全集/創価学会版
となっている。
 いづれも「新編」の文字は残されているが、「新編」ということは「旧編」があったということになる。

 旧ということでは、日蓮正宗系では、昭和4年に佐藤慈豊の編纂による
 「日蓮大聖人御書新集」(以下、新集または佐藤版と略記)
が出版されている。

 日蓮系では日蓮の遺文集に「御書」と冠したものは、じつはさらに古いが、ここでは活字本にしぼる。
 江戸時代の小川泰堂が編纂した分冊和本の全集に、
 「高祖遺文録」
があり、それを活字版にして出版されたのが、
 本化聖教/(天)/日蓮聖人御遺文/霊艮閣蔵版
である。

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 これは「霊艮閣版」とも「縮刷遺文」「縮刷版」「縮刷」とも呼ばれている。
 「縮刷」というのは、和本では数十冊に分冊されていたものを1冊にまとめ、判型も小さくなったためにそのように呼ばれた。

 この「縮刷」は編年体であったが、「高祖遺文録」を内容別に分類配列したものが国柱会の、
 類纂高祖遺文錄(以下、類纂または国柱版と略記)
である。
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 これは田中智学の発案になるもので、田中智学の高弟であった長瀧智大と山川智応が編集に当たった。
 こんにち一般的には「類纂高祖遺文錄」で通っているが、じつは正式な書名は、
 「類纂高祖遺文錄 日蓮聖人御書全集」
という。
 「類纂高祖遺文錄」
とは、「高祖遺文錄を分類して編纂した」という意味であって、通称としては問題ないが、副題のようになってしまっている「日蓮聖人御書全集」のほうが書名としては相応しいように感じられる。
 じっさい当時の書籍広告では「日蓮聖人御書全集」の書名で広告している。
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 そこで創価学会版である。
 国柱版は「日蓮聖人御書全集」
 佐藤版は「日蓮大聖人御書新集」
 創価版は「日蓮大聖人御書全集」
 佐藤版は、国柱版の「日蓮聖人の御書全集」ではなく「日蓮大聖人御書の新しい全集」という自負をもって「日蓮大聖人御書新集」と名付けたと思われる。
 創価版の書名は、佐藤版の「新集」を「全集」と変えたか、国柱版の「日蓮聖人」を「日蓮大聖人」と変えただけで、あえてパクリなどと言うつもりはないが、オリジナリティーは感じられない。
 いってみればせいぜい佐藤版と国柱版の良いとこ取りの名称ということである。
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by siawaseo_anatani | 2016-08-22 11:57 | 学会系出版物