FBI(笑)Oh My Buddaha !・直接間接を問わず、関係・関連することがらを含めメモしていく。過去の記事も加筆訂正することがある。


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創価学会の宗教法人設立

今日、2014年1月24日(金)付の聖教新聞。

小説「新・人間革命」にそのことが書かれています。

ただ、肝心なことが書かれていません。

創価学会は当初、宗教法人ではなく財団法人として設立を計画していました。

それが、いつのまにか宗教法人設立に変更されたのでした。

なぜ財団法人にしようとしたのか。

なぜ宗教法人に変更したのか。

なぜその変更について公表しなかったのか。

この時期の宗教界の動きはどのようなものであったのか。

この時期の国政の動きはどのようなものであったのか。

この時期のGHQの動きはどのようなものであったのか。

この時期の極東アジアの政治状況はどのようなものであったのか。

創価学会の宗教法人化の深層と真相は「新・人間革命」ではけっしてわかりません。
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by siawaseo_anatani | 2014-01-24 23:05 | 事件
(06)
http://siawaseo.exblog.jp/19800850/
からのつづき。

全集未収録。編集著作権あり。

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K山 あんたのところの教典から組織も全部改革してやらないと、あんたの言葉に反してそういうことになっちゃう。

それも、資本家やその代表の岸らに利用されるけっかになると思うのです。

T田 反してもなんでもやらせません。

私の命があるかぎりやらせません。

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先の回

http://siawaseo.exblog.jp/19800850/

の、T田の発言につづくものだが、T田は学会の政党化に関して、

わしは最後までやらんぞ、わしの力のあるかぎりは、断じて政党などやらんぞ。

反してもなんでもやらせません。

私の命があるかぎりやらせません。

と、言い切っている。

この言葉に従うことが「師弟不二」「師弟相対」ではないか。

T田の、この思いを裏切り、あたかもT田が政党化を考え衆議院進出を考えていたかのような「作り話」をでっち上げた人物が、T田の後継者であるどころか愛弟子であるわけもないのは道理である。

師を裏切る弟子に従うものに「師弟」を語る資格などないのではないか。
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by siawaseo_anatani | 2013-10-16 20:08 | 資料紹介
ある対話 1957 戸田城聖 創価学会 日本共産党(05)
http://siawaseo.exblog.jp/19722163/
より続く。

戸田城聖全集未収録。
編集著作権あり。

・・・・・・・・・・・・
K山 だから、いま創価学会があんたがいう百年の将来というのではなく、十何年間に国会を牛耳って、という噂もあるが……。

T田 そんなことはありません、国会なんか関係ありません。

K山 あんたがたの一部の者でそう伝えているのだ。

僕らから見れば、いま君らが共産党に勝ったといばるのは子供のけんかみたいなもので、長い歴史から見れば、創価学会が勝ったところでほんものではないよ。

未来は共産主義のものだ。

問題は、日本国民の敵は自民党だということを、岸の対米従属政策と結びつけて、ハッキリいう必要があるのだよ。

T田 自民党のようなもの、あんなものはロクなものではないのだよ。

あんなものとケンカやってもしかたがない。

僕は何の政党にも参加するというい腹はないのだ。

K山 そうであるべきだ、宗教は本来そうあるべきだ。

しかし、たとえばイタリアのように、キリスト教民主同盟みたいなものができる、ドイツにもフランスにもある。

そうしてさかんに政治活動をやっている。

ところがあんたのととろは、あんたが、いかんいかんと首を振っているけれども、だんだんそれと似た動きが出ているのではないか、というとこが問題なのさ。

T田 それは心配するだろう。

しかし、わしは最後までやらんぞ、

わしの力のあるかぎりは、

断じて政党などやらんぞ。


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(7)へ続く。
http://siawaseo.exblog.jp/19831367/
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by siawaseo_anatani | 2013-10-11 05:26 | 資料紹介
ある対話 1957 戸田城聖 創価学会 日本共産党(04)
http://siawaseo.exblog.jp/19506804/
より続く。

戸田城聖全集未収録。
編集著作権あり。

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K山 あんたはカンがよくてよいところを突いてはいる。

国鉄の労働者諸君が食えない。

それで生活を改善し、高めるためにたたかうことは当然だし、正しい。

これをゴマ化したり弾圧するのは、するほうがわるい。

だがこの場合、どういう形でたたかっていくかというときに、もうひとつの問題がでてきた。

正しい要求にもとずいているのだが、たたかいの方法や手段のえらび方にまずいところがあった。

あんたがいういうように国民の気分や感情をよく考えない形を取ったことがあんたや国民の多くを反発させているのだよ。

T田 そうだよ、汽車止めたりなんかすれば、迷惑するのはこっちだけだよ。

‥‥共産党だってそう悪いものではないよ。

K山 そう悪いものではないというが、僕にいわせれば、共産党こそがいちばんいいものだ。

創価学会は、まあ、あどけない子供みたいなものだよ。

こっちは世界中を、二十五億の世界の人間全部を共産主義の社会に発民させようとしているのだもの。

あんたのほうは、せいぜい大きなことをいっても、日本国中、九千万前後をねらっているのだろう。

T田 そんなに……。

百万でたくさんだ。僕からいえば、共産党はかわいい子供と思っている。(笑)

共産党で、社会組織だ、経済組織だなんでいっているのは、子供のオヤツのぶんどりあいみたいなもので、僕らはもっとその根本となる生命を対象にしているんだ。

だから、おとななんだよ……。

こんどの選挙でも、あんたのほうは全部負けじゃないか。

こんどの大阪だって、僕らは十七万取った。

だから社会党に怒られるのだよ。

あれは社会党を勝たせるようにやれば良かったけれども。

社会党となんにも契約はないし、やるならやってみるか、ということでやったんだけれども、こんどは負けるようになっていた。

そこまでは力がないから。

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「ある対話 1957 戸田城聖 創価学会 日本共産党(06)」 
http://siawaseo.exblog.jp/19800850/ 

へ続く。
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by siawaseo_anatani | 2013-09-27 01:27 | 資料紹介
小笠原慈聞
『創價学会長戸田城聖己下團員 暴行事件の顛末』
昭和27年。

閲覧の便を考え、ふりがな・改行などを施しました。(編集著作権があります)

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創價学会長戸田城聖己下團員 暴行事件の顛末 

小笠原慈聞 記す


前がき

 四月二十七日夜、総本山大石寺において、私に加えたる創価学会長戸田城聖己下(いか)団員の集団的計画的暴行騒擾(そうじょう)事件は、私一人の問題ではなく、全く立教七百年慶典を汚し、正宗の躰面(たいめん・体面)を冒涜したるものにして、実に容易ならぬ大問題と存じます。
全く彼等は信仰を偽装せる一種の共産主義暴力団と言うて然(しか)る可(べ)し。
仍(よっ)て事件真相の一端を述べて、公正なる諸彦(しょけん・諸賢)の御批判を請うことと致します。

・・(2に続く)・・・・・・・・・・・・・
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by siawaseo_anatani | 2013-08-30 19:25 | 資料紹介
「ある対話 1957 戸田城聖 創価学会 日本共産党(03)」
http://siawaseo.exblog.jp/19356289/
より続く。

戸田城聖全集未収録。
編集著作権あり。


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K山 あんたの意志や、考え方や、また信者諸君の考え方にかかわりなく、容観的に見てどういうことになるか、ということが大事なのだよ……。

T田 おれはそんなことは知らない。

そんなことをいちいち考えたらしょうがないよ。

世間ではなんといおうと、百年でも、二百年でも経てばわかるよ。

現世なんでものはやかましく考える必要はないよ。

いいよ先生、そんなことは心配しなくてもいいよ。

K山 あんたを心配するのではないよ。

しかし社会に与える影響、ことに日本の……。

T田 僕に伜がひとりある。

これは理屈ばかりいっていやがって、ちょっと困った伜なんだ。

けれども、しょうがない。

お前がもし共産党になって赤旗振って歩くのならば、おれも赤旗振ってお前の後をついて歩くから頼む、あまりおやじに苦労させないようにしてくれ、とおれはいうんだ。

学会は私の子供みたいなもので、労働運動をやるというならばやらしていい、しかし、いまの川鉄の労働運動みたいなものなら、私はいやだね。

精神が通っていない、大衆と一つも交流がない、ただ自分たちのことはかりだ。

それは大局からいえばわかるよ。

いま二万や三万円では食っていけない時代がきているのだ。


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by siawaseo_anatani | 2013-08-21 21:44 | 資料紹介
【「自著を無断使用」佐野眞一氏を提訴 宗教研究者】
朝日新聞デジタル 2013年7月31日21時6分

 ノンフィクション作家の佐野眞一さんに、自著の内容を無断で使われたとして、宗教研究者で元日本共産党中央委員の日隈威徳(ひぐま・たけのり)さんが31日、佐野さんに780万円の損害賠償と謝罪広告の掲載などを求める訴えを東京地裁に起こした。

 問題とされたのは、佐野さんが週刊ポスト(小学館発行)の2012年1月~6月の号で連載した「化城(けじょう)の人 池田大作と創価学会の80年」と題する記事。創価学会の歴代会長のエピソードを紹介し、歴史を振り返る内容だった。

 創価学会や公明党について研究する日隈さんは、創価学会第2代会長の生涯を描いたノンフィクション作品「戸田城聖―創価学会」を1971年に出版。佐野さんの連載記事には、同著から無断で使用した部分が43カ所あると訴えている。

 この問題で佐野さんは、昨年12月、週刊ポスト上で「配慮が足りなかった」と無断で使った部分があることを認め、謝罪。提訴後の会見で日隈さんは「本人から直接の謝罪がないため、提訴した」と話した。

 佐野さんは「訴状が届いていないので、今はコメントできない」としている。

http://www.asahi.com/national/update/0731/TKY201307310432.html

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この 佐野眞一氏、盗用の常習者なんですよねぇ。

いい作品も書いているんですが、こうたびたび盗用問題をおこしていてはダメとしか言いようがありません。

提訴した日隈威徳氏は文中にもあるように宗教研究者で元日本共産党中央委員で宗教委員会の委員長をしていました。

日隈氏の著書『戸田城聖―創価学会』は、戸田城聖について初めてのまとまった研究評伝でした。

この本の内容については、わたしの「Picasaフォトアルバム」の「創価学会関連本表紙」に表紙画像と目次をアップしています。

https://picasaweb.google.com/110311647048093794491/brSJAJ#5323456910432073986
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by siawaseo_anatani | 2013-08-01 23:06 | 事件
「『折伏しろ』っていうから、私は自分の友だちを十人ぐらいよんだのです。

……会長先生がわざわざ、私のおよびした会合に出て下さったこともありました。

しかしだれも信心しないのですよ。

一生懸命やってもね。

みな友だちがはなれっちゃうんだよ」

『聖教新聞』昭和34年2月6日

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だ、そうです。

「だれも信心しない」
「みな友だちがはなれっちゃう」

さびしい人だったようです。

ようするに、この人物に愛想をつかせたということ。

「折伏」が目的になっているのだから友人たちが見限るのも当たり前。

この人物から1対1の「折伏」をされて日蓮正宗創価学会に入り大幹部にまでなった人物は1人でもいるのだろうか。
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by siawaseo_anatani | 2013-08-01 13:40 | 資料紹介
「ある対話 1957 戸田城聖 創価学会 日本共産党(02)」
http://siawaseo.exblog.jp/16552257/
より続く。

戸田城聖全集未収録。
編集著作権あり。


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「心配な創価学会の役割」
「百年たてばわかる」


神山 あんたはこのごろすっかり人気者になっちゃったじゃないの。

戸田 それが迷惑で闘っているのだよ。
僕はわがままものでね、寝たいときは寝ているし、しゃべるときはしゃべっているし、それがいまは、寝てるところを起こされて、それで先生に会ってしゃぺらなければならない。
こういう運命は楽じゃないよ。

神山 ウン、それは楽じゃないな。
そこをあんたがどう感じているか、と……。

戸田 困っている。いやだよ。
それは、人気者になったということはいいけれども、それでめし食っているわけでもないしね。
……先生も飲みなよ。
……僕らは誤り伝えられているのですよ。
共産党に反対だとか、社会党に反対だとか、自民党の分派だといわれたり。
わしはそういう考えはありませんぞ。
社会党でも自民党でもやろうじゃないか。
応援してやるよ。
自民党が良いと決まってないのだから、ということだ。
岸がやっていることがいいとは決まっていないのだから。
そうでしょう。労働運動も絶対大事な権利ですよ。

神山 世間の一部じゃ、あんたのところが岸に使われている、といったり、旧軍人にのっとられるとか、ファシストの組織になるとか、書いたりしている。
それと、さらに宗教学者の中じゃ、あんたのところの学会の演じる役割とその結果について……。

戸田 おい、ウイスキー持ってこい。
先生のビールにも入れよう。
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by siawaseo_anatani | 2013-07-29 00:41 | 資料紹介
まづ、「聖教新聞」昭和32年10月18日付「私の初信当時」欄に掲載されている記事には次のように書かれています。

・・・・・・・・・・・・・
私が信仰したのは、丁度今から十年前の八月二十四日です。
(中略)
 折伏されたのは、前の本部です。
(中略)
 前の本部は会長先生が事業をなさっていらっしゃった二階の八畳と六畳の二間でした。
(中略)
 私はそこで教学部長から折伏された。

・・・・・・・・・・・・・

当時の教学部長は小平芳平氏(故人)で、後に参議院議員を長く務めました。

この記事よりも1年前に出版された本には次のような記述があります。

・・・・・・・・・・・・・・・
生まれは大森のノリ屋です。三歳くらいの時蒲田に移り、それ以後東京に住んでいるわけです。

小学校では栄養不良で三・四回も死にそこない、がんらい体が非常に弱かったんです。

終戦の年には六回目の肋膜をしていましたし、肛門性(コウモンネンパクビラン)のものでのもので、耳や鼻などみんな悪く、血啖が出てたんです。


終戦の反動でなにかやりたいという気持ちがあって、学校時代の友人に誘われて創価学会の本部へ行きました。

その友だちは哲学のいい話があるがこないか、とさそったのです。

私は友人と二人で行ったのですが、三、四十人もいたでしょうか。五時間くらいもそこで締めあげられたのです。

南無妙法蓮華経は嫌いだったので、ずいぶん反対したのですが、理論で破れて信仰しなければいけないということになってしまったのです。

負けたのでシャクにさわってしかたがない。
その時の感じをいえば、理論をうけとめる素地がないからわからない。

それだのに相手は確信を持って話している。こちらは観念的で浮いているような感じがしたのです。そのときの話はこうなんです。

『これから先のこと、二〇年先のことがわかるか。
これから年をとって、その先のなんのために生きたかを考えることになるがそれならば今のうちに考えたらいいではないか。
自分の宿命だけは自分でも知らないではないか。誰が援助しても、社会的に偉くなっても宿命だけはわからない。
宿命は解決できるか、人生一度死ぬではないか。
苦しんで死ぬのはしかたない。この四つの全部がわかっていれば信仰の必要はない。
分からなければ真面目に考えろ。信仰をしろ』というのです。

私はこれに答えられず、信仰すると答えたのです。
それでお題目を唱えろということでしたが、はずかしくてしかたがなかったのです。

友人は入信しないで黙っていました。
それから御本尊をお下げするという話で、私は三〇分間ほどいりませんとがんばったんです

すると幹部の人がなだめて、むりやり私に押しつけました。

家に帰っても三日間はおがまずにほっておきました。

三日目にものすごい雷が鳴って、私の上ばかりでゴロゴロ鳴って私ばかり狙っているように思ったので、そのとき思わず南無妙法蓮華経と口をついて出ました。


そのころはバチがこわかったのです。

前の信者さんたちが牢獄へいったということが気になりました。

全部の宗教に反対するから必然的に弾圧される。

その時はどうしようか、寝ても覚めても考え、やめるなら今のうちがよいと考えました。

三年目の八月に戸田さんの出版に小僧から入りました。

信用組合にも入っていたんですが、アパートに住んで、給与もなく乞食同然で苦しくて仕方なかったんです。

戸田のところへいったからというので、家からは勘当同然でした。


・・・・・・・・・・・・・・・
d0153496_1049841.jpg以上は、

小口 偉一・編
『宗教と信仰の心理学(新心理学講座4)』河出書房
1956年7月15日・発行


からの引用ですが、一読しておわかりのとおり、発言者は池田大作氏です。

『人間革命』第2巻では、蒲田の友人宅で折伏されたことになっていますし、この物語と同じような内容はその後繰り返し活字にされ、池田氏自身も語っています。

つまり、

「蒲田の友人宅」は嘘

「戸田会長に折伏された」は嘘

「その場で即興の詩を述べた」は嘘

「その場で戸田会長を師匠と思った」は嘘

「その場で入信決意した」は嘘

ということです。

嘘を事実であるかのように教える人物や教団がまともであると言えるでしょうか。

これは、「悪口罵倒」ではなく、池田氏の言葉を「文証」とした指摘です。

また、『宗教と信仰の心理学』に記されているように、本尊を「むりやり」「押しつけ」られた段階では「入信決意」すらしていません。

「入信決意」していない者に本尊を「押しつけ」ても、数字の上では折伏成果を計上できるわけですね。

雷ゴロゴロでお題目、まるで幼稚園児か小学生のようですね。

「私ばかり狙っているように思った」

というのは「強迫神経症」の一種のように思えますね。

しかも入ってから、

「やめるなら今のうちがよいと考えました。」

といい、その理由が、

「全部の宗教に反対するから必然的に弾圧される。その時はどうしようか、寝ても覚めても考え、」

てのことだと言うのですから

「ヘタレ」

つまり創価学会的には

「憶病者」

ということになりますねぇ。

何故このような「書き替え」を行なったのかといえば、「師弟不二」を演出し強調したかったということではないでしょうか。

つまり
「選ばれたのは自分だ」
と言いたかったのでしょう。
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by siawaseo_anatani | 2013-06-22 10:47 | 資料紹介