FBI(笑)Oh My Buddaha !・直接間接を問わず、関係・関連することがらを含めメモしていく。過去の記事も加筆訂正することがある。


by FBI(笑)Oh My Buddaha !
 創価版の正式な書名は、たんに、「日蓮大聖人御書全集である。
 「新編」も「創価学会版」もない。
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 かつて記されていた、
 「日蓮正宗」や「大石寺版」という表記も同じである。
 それは扉や奥付を見れば明らかである。
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 これらの文字は、本体の背表紙と函の背に記されているだけで、いってみればキャッチコピーのようなものでしかないのである。
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 創価版は「全集」とはいうものの凡例によれば、日蓮の真筆であっても、
 「建長五年宗旨建立已前の戒体即身成仏義等数篇」
 「現代教養に裨益なき十王讃歎抄・八大地獄抄等」
 「純天台なる三八教・秀句十勝抄等の如き縦い御真筆でも御抄録分と見做して」
掲載せず、逆に、
 「真偽未決の問題となるものも信行に資するものは之を取る。」
という。
 要するに、都合の良くないものは掲載しないが、都合の良いものは掲載する、ということである。
 これで「全集」と名づけるのだから度胸があるとしかいいようがない。
 たとえば「立正安国論」などは、後年、日蓮自らの手で増補訂正したいわゆる「立正安国論広本」の真筆が現存しているが、創価版には掲載されていない。
 また、真筆は現存しないものの、いわゆる「録内」には収録されている「波木井殿御報」も掲載されてはいない。
 この「波木井殿御報」は、弘安五年九月十九日の日付けがあり日蓮最後の文といわれるものである。
 こうしたものが掲載されず、古来より日蓮の遺文とはみなされていなかった「本因妙抄」や「百六箇抄」は「相伝書」として掲載されている。
 しかしこの二書は古写本もなく、元々は大石寺のものですらない。
 本因妙抄の写本は、京都要法寺日尊本、保田妙本寺日我本、京都要法寺日辰本など。大石寺日時本というのがあるとされるが公開はされていないし、創価版の目次では出典つまり底本は富士宗学要集の第九巻資料類聚となっている。
 百六箇抄の写本は、北山本門寺日山本、保田妙本寺日我本、京都要法寺日辰本・保田妙本寺日山本西山蔵。こちらも出典を富士宗学要集の第九巻資料類聚としている。
 「相承書」としては「身延相承書」「池上相承書」「産湯相承書」が掲載されている。
 このうち、「身延相承書」は、ほぼ偽書とみなされているが、「録外」に収録されているため、他の日蓮宗系の遺文集にも「日蓮一期弘法」などの書名で、いちおうは掲載されている。
 もうひとつの「池上相承書」は「録内」「録外」はおろか、ほとんどの遺文集や遺文目録にも掲載されておらず完全な偽書扱いのものである。

 身延相承書池上相承書は、京都要法寺日廣本、京都要法寺日辰本西山本門寺蔵、北山本門寺日出本が主な古写本であるが、創価版では富士宗学要集の第九巻資料類聚が出典となっている。
産湯相承書」も、日山写本、日悦写本、左京日教本などがあるが、これも同様に富士宗学要集の第九巻資料類聚が出典である。
 御義口伝は、上巻は京都要法寺日経本と大石寺本、下巻は京都要法寺日経本があるとされているが、創価版は既刊の「日宗社」の活字本をそのまま掲載している。
 同様に御講聞書も、京都要法寺の大永本を使用しないで、これも「日宗社」の活字本をそのまま掲載している。
 こうした恣意的な取捨選択による編集や既刊本の転載による遺文集では、

とてもではないが「古今を通じて最も誇り得べき」「全集」の名に値しない
のではないだろうか。

 創価版は、「日蓮遺文」「付録日興上人書(三編)」を目次に掲載しているので、これを本編とみなせるが、収録されている日興著作については以下のようになる。
富士一跡門徒存知事は富士宗学要集第一巻相伝・信条部が出典・底本だが、これは大石寺蔵の日誉本に堀日亨が他の写本と照校し校訂を加えたというが、日興の直筆は存在していないし、古写本もない。しかも書写した日誉は、大石寺の僧侶ではなく重須(北山)本門寺の僧侶である。
五人所破抄は日興の談を日順が草案としてまとめたとされるものであり厳密には日興の著作とは言えず、日順の直筆もなく、写本としては重須本門寺日代本、京都要法寺日辰本、下条妙蓮寺日諦本などがあるが、富士宗学要集第二巻宗義部を出典・底本としている。
日興遺誡置文日興の直筆はなく、写本は保田妙本寺蔵日我本があるが、出典・底本はこれも富士宗学要集の第九巻資料類聚となっている。
 つまり、戸田城聖が「発刊の辞」で述べるような、
「最も重要なる血脈抄・本因妙抄等日蓮正宗門外不出の御抄」
なるものは、本因妙抄には伝日時写本とされるものがあるというものの真筆はひとつもなく、他の文書も主要な写本も全て大石寺日蓮正宗のものではないし、掲載されている日興の著作も真筆がなく全て写本で、大石寺にあるという「富士一跡門徒存知事」の写本も重須(北山)本門寺僧侶日誉による江戸時代のものである。つまり
これらはみな「日興門流の文書」ではあっても、けっして「日蓮正宗大石寺の文書」ではないのである。
 仮りに「日蓮正宗門外不出」というならば、他山他寺の写本ばかりなので日蓮正宗のものとして出すことを憚ったということではないか。それを堀日亨が得々として出したものに戸田城聖が飛びついてしまったわけである。文字通り典型的な我田引水の見本のようなものである。

 創価版の巻頭の目次にはないが、巻末には、
 「弟子檀那等列伝」
 「年表」
が掲載されており、これは付録ということだろう。もっともこれも行道文庫版の模倣である。
 「弟子檀那等列伝」は文体からも「編者」である堀日亨のものと思われる。
 「年表」については、堀日亨が「序」で次のように記している。
 「
殊に学会の教学部に於いて(中略)略伝年表まで作成されたことは望外の僥倖であつた」

 余談ではあるが、2015年10月に行なわれた創価学会の会則変更について、「創価学会は大石寺の板漫荼羅を否定した」などという批判もいまだになされているが、それはまちがっている。
 変更された会則では曖昧かつ微妙、玉虫色とも鵺的ともいえる表現である。
 創価学会の根本経典は昔も今も創価版の「日蓮大聖人御書全集」であり、厖大に出版されている書籍のほとんどが聖教新聞社発行であるのに対して、この創価版は創価学会発行で一貫している。なお、「編年体 日蓮大聖人御書」も昭和四十八年発行の初版は創価学会の発行となっているが最新版は未見のため不明である。
 そこで創価学会版に付された年表である。
 弘安二年の項には次のように記されている。

身延に在り、九月熱原の法難あり、十月戒壇の大御本尊を末法万年の為に書示せらる(年表16頁)
 会則の変更がなされても年表の板漫荼羅についての記述には変更がないのだ。
 ちなみに、編年体初版の年表38ページでは、
○10・12 一閻浮提総与の本門戒壇の大御本尊を建立される〔曼荼羅脇書〕
と、ゴシック体で記載されている。

 年表は創価学会教学部の作成なのであるから、板漫荼羅を否定したのであればこの年表の記述も変更もしくは削除してよさそうなものである。
 根本経典である創価版の中で依然としてそのまま残しているということは、現段階で創価学会は板漫荼羅を否定するつもりはない、ということであろう。
 これはおそらく長期的な戦略に立った上での選択であると思われる。


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by siawaseo_anatani | 2016-11-14 08:08 | 学会系出版物
『日蓮大聖人御書全集』(創価)昭和27年、について02
 「編集」について



 ではさらに、「新編」「全集」とはどういうことなのか。
 先行する類似の書名としては、浅井要麟が編纂し平楽寺書店が刊行した
『昭和新修 日蓮聖人遺文全集』全三巻

があるが、これは編年体であった。
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 創価版は編年体でもなく、義類別でもない。
 創価版の凡例によれば、
 「首に唱法華題目抄等を掲げて大聖人の当初の大小権実判等の折伏篇を示して立正安国論の大義の起因を明かにし、又之に反応する公辺の諸篇を列して開目抄観心本尊抄等の本迹種脱人法開顕の深義に進んだ」
 「更に各般の所対に応じて進展せる御抄を列ね」
 「次に弟子檀那等への御消息は個別の下には編年にした」
 つまり、前半は内容を重視し、後半は個人ごとに編年で類別しているという。
 完全な内容別でもなく、編年体でもない。
 そのために、日蓮の思想の発展経過などは理解ししにくい
 これで「全く大聖化導の始終を一目するに便し」(凡例)た編集などと言えるとしたらパラノイアではないかとすら思える。

 創価版にいくぶんか近い編集をしているのは高佐貫長(高佐日煌)編・皇道仏教行道会(現・日蓮宗霊断師会)
『日蓮聖人御遺文 全』
であり、堀日亨はそれを模倣したようにも思える。
 じつは全体を二つに大別し、後半に消息文を配置するというのは、この高佐貫長師が編集主任となって戦前に出版した『日蓮聖人御遺文 全』(以下、高佐版と略記)
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とほぼ同じである。巻末に門下の列伝と年表を収録しているのも同様の模倣で、違っているのは「御義口伝(日興記)」と「御講聞書(日向記)」が、高佐版では本編の最後つまり列伝と年表の前に置かれていたものを、創価版では前半に持ってきたことである。
 高佐版の前半は「御著作篇」として、「主要書」「教義書」「信行書」「対外書」「聖跡書」に分けられているが、創価版の前半にはそうした分類もない。
 書名にしても編集にしても、良いとこ取りを試みて虻蜂取らずに終わった観がある。
 ただ、ある種独特の配列は、「目新しい」というよりも、「新奇」もしくは「珍奇」な編集とはいえるかもしれないが、収録遺文の書名索引もないために使い勝手の悪いこと甚だしい。
 ちなみに、この使い勝手の悪さをなんとかしようとして昭和四十八年に出版されたのが、
創価学会教学部編『編年体 日蓮大聖人御書』
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である。
 編年体は創価版を編年体にしただけではなく、本文の活字も組み直しているので、その段階でできるかぎりの誤字の訂正なども行なわれている。さらに、巻末には遺文名の索引も付され、編年体のページだけではなく創価版のページも記されている点は親切である。また、年表も大幅に改訂され遺文名の記載が大幅に増えており、「堀日亨・編」とされる創価版よりもはるかにましである


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by siawaseo_anatani | 2016-08-24 16:43 | 学会系出版物
『日蓮大聖人御書全集』(創価)昭和27年、について01
 「書名について」

《内容》

発刊の辞(戸田城聖)/4P
序(堀日亨)/4P
凡例/2P
目録の読み方/1P
目次/29P

命名不能分類(四分割)/1~594
 釣りもの/595~700
 御義口伝/701~803
 御講聞書/804~847
 申状/848~853
 百六箇抄/854~869
 本因妙抄/870~877
 産湯相承/878~880

消息・断簡類(四分割)/881~1599
 身延相承・池上相承/1600

付録
 富士一跡門徒存知の事/1601~1609
 五人所破抄/1610~1617
 日興遺誡置文/1617~1619

巻頭目次未記載
 弟子檀那等列伝/1~22
 年表/1~17
奥付/1P


 本書は昭和二十七年に定価千二百円で六千部発行された。
高卒公務員の初任給が4,600円、ラーメン一杯35円、新聞の購読料が一ヵ月280円のころである。
当時の会員数は公称で九千数百人、約一千世帯であったとされるが、初版を売り切るのには一年ほどかかったといわれている。

 日蓮の遺文集は大別すると、編年体と類別編集がある。
 本書の場合は、目次では前半最後の産湯相承までは一行あけでいちおう四つに類別編集されてはいるが、各類の命名はされておらず、仮に命名しようとしてもほとんど不可能である。
 また後半の消息類も四つに大別されているが、たんに対告衆のおおまかな居住地別というだけであって、凡例に記されているような、
「全く大聖化導の始終を一目するに便し」
などというものではない。

 『新編 日蓮大聖人御書全集』(以下、創価版と略記)は、初版発刊当時の背表紙には、
 「日蓮正宗/新編/日蓮大聖人御書全集/大石寺版
と記されていた。
 次いで、
 「日蓮正宗/新編/日蓮大聖人御書全集/創価学会版
と変更されたが、第一次宗創紛争後に、
 「日蓮正宗/新編/日蓮大聖人御書全集/大石寺版
に戻され、第二次宗創紛争後は、
 「新編/日蓮大聖人御書全集/創価学会版
となっている。
 いづれも「新編」の文字は残されているが、「新編」ということは「旧編」があったということになる。

 旧ということでは、日蓮正宗系では、昭和4年に佐藤慈豊の編纂による
 「日蓮大聖人御書新集」(以下、新集または佐藤版と略記)
が出版されている。

 日蓮系では日蓮の遺文集に「御書」と冠したものは、じつはさらに古いが、ここでは活字本にしぼる。
 江戸時代の小川泰堂が編纂した分冊和本の全集に、
 「高祖遺文録」
があり、それを活字版にして出版されたのが、
 本化聖教/(天)/日蓮聖人御遺文/霊艮閣蔵版
である。

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 これは「霊艮閣版」とも「縮刷遺文」「縮刷版」「縮刷」とも呼ばれている。
 「縮刷」というのは、和本では数十冊に分冊されていたものを1冊にまとめ、判型も小さくなったためにそのように呼ばれた。

 この「縮刷」は編年体であったが、「高祖遺文録」を内容別に分類配列したものが国柱会の、
 類纂高祖遺文錄(以下、類纂または国柱版と略記)
である。
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 これは田中智学の発案になるもので、田中智学の高弟であった長瀧智大と山川智応が編集に当たった。
 こんにち一般的には「類纂高祖遺文錄」で通っているが、じつは正式な書名は、
 「類纂高祖遺文錄 日蓮聖人御書全集」
という。
 「類纂高祖遺文錄」
とは、「高祖遺文錄を分類して編纂した」という意味であって、通称としては問題ないが、副題のようになってしまっている「日蓮聖人御書全集」のほうが書名としては相応しいように感じられる。
 じっさい当時の書籍広告では「日蓮聖人御書全集」の書名で広告している。
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 そこで創価学会版である。
 国柱版は「日蓮聖人御書全集」
 佐藤版は「日蓮大聖人御書新集」
 創価版は「日蓮大聖人御書全集」
 佐藤版は、国柱版の「日蓮聖人の御書全集」ではなく「日蓮大聖人御書の新しい全集」という自負をもって「日蓮大聖人御書新集」と名付けたと思われる。
 創価版の書名は、佐藤版の「新集」を「全集」と変えたか、国柱版の「日蓮聖人」を「日蓮大聖人」と変えただけで、あえてパクリなどと言うつもりはないが、オリジナリティーは感じられない。
 いってみればせいぜい佐藤版と国柱版の良いとこ取りの名称ということである。
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by siawaseo_anatani | 2016-08-22 11:57 | 学会系出版物
「仏祖の本意に叶う決意で継承」
日蓮宗本圀寺第104世貫首 伊藤瑞叡氏
2013年6月1日付 中外日報(この人)
http://www.chugainippoh.co.jp/interviews/konohito/20130601.html

日蓮宗で「宗門発祥の根本道場」とされる京都市山科区の大本山本圀寺第104世を継承し、5月12日に晋山式を挙行した。札幌市に生まれ、早稲田大第一文学部を卒業後、東京大大学院博士課程を修了。長く立正大で教壇に立ち、つとに日蓮教学の泰斗として知られる。70歳。

本圀寺の起源は、安房の清澄寺で立教開宗を宣言した日蓮聖人が、幕府のある鎌倉・松葉ヶ谷に庵を結び、「法華堂」と名付けたところにある。「立正安国」の激しい獅子吼ゆえに日蓮聖人は生涯に数々の難(法難)をかいくぐり、佐渡へ流される。赦されて身延山へ隠棲した後、弟子の日朗上人が鎌倉の草庵跡を復興したのが本國寺で、これが後に京都六条へ移され「本圀寺」となった。

第2次世界大戦を経て荒廃の極みに達した本圀寺を現在地へ移転、再興した63世中興・伊藤日瑞貫首は実の父。その子は平成19年、吉田日厚・前貫首の求めに応じ「学道求法講院」を再興し、「院長講主」として年10回講義する。父子2代にわたり本圀寺へ奉仕する巡り合わせである。

日瑞上人の命日(5月7日)前夜、父が書斎としていた本圀寺の執事寮2階を掃除していて何げなく手にした掛袱紗に「日瑞用」と書かれているのを見つけ、父の形見を抱いて嗚咽した。その夜、さらに押し入れから日朗上人の弟子・日印が師との問答を記した『本迹体一抄』を発見。本圀寺所蔵とされながら行方不明になっていたものだ。

本圀寺には日朗上人が自ら刻み、日蓮聖人が開眼したと伝える「生御影祖像」が安置されている。日々、御影に給仕しつつ本圀寺護持に尽くした師父のように勤めを果たしたいと願う。

京都に常在しているわけではない。札幌の本龍寺、千葉県佐倉市の昌柏寺と3カ所をほぼ10日ずつ掛け持ちで回る生活を続けている。いま「自分の行道(修行)が仏祖の本意にかない、学道が聖人の趣旨にかなうなら、本圀寺が迎えに来る」と語った父の言葉がよみがえる。

(形山俊彦)

・・・・・・・・・・・・・・・
文中の『本迹体一抄』の記述については多少の錯誤があるが、『本迹体一抄』じたいは大変重要であると思われる。

同書については畏友犀角独歩氏が伊藤瑞叡氏より翻刻を委嘱され、すでに翻刻文は伊藤瑞叡氏の手に渡っている。

このことは松本修明氏からうかがったことである。

雑音を回避するために、翻刻者が犀角独歩氏であることをここに明記させていただくことにした。

もちろん翻刻文には「編集著作権」が発生しており、「編集著作権者」は犀角独歩さんである。
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by siawaseo_anatani | 2013-08-12 18:46 | メモ
創価学会には教学部員制度があります。

現在は、

任用試験合格で助師
初級(3級)合格で助教授補
中級(2級)合格で教授補
上級(1級)合格で教授

()の中の級は「青年教学」と呼ばれ青年部員での呼称で、壮年部と婦人部は初級中級上級と呼称しています。

昔は、任用合格で助師で、そのあとは、

講師
助教授補
助教授
教授補
教授


で、教授の中から池田大作さんが「師範」を数名任命していました。

長くなりますが、創価学会教学部員のカリキュラムを参考のためにアップします。

カリキュラムについては現役の創価学会員のひとたちも詳しくは知らないようです。

以下は、創価学会教学部編『教学入門』聖教文庫、1972(昭和47)6年月6日発行より

・・・・・・・・・・・・・・・
教学部員カリキュラム(教科課程)

このカリキュラムは教学力を着実に養うために、助師から教授にいたるまでの各クラス別に編成されたものです。日蓮大聖人の御書を系統立てて研さんしていくうえで一つの基準、めやすを示すものであります。

※小説「人間革命」は全教学部員の必須教材とする。


【助 師】

御消息文、特に有名な御書のマスター(教学行事・座談会で使用されている御書)

◯必須10編

種種御振舞御書(0909ページ)
佐渡御書(0956ページ)
聖人知三世事(0974ページ)
兄弟抄(1079ページ)
経王殿御返事 (1124ページ)
聖人御難事(1189ページ)
日女御前御返事[御本尊相貌抄](1243ページ)
阿仏房御書[宝塔御書](1304ページ)
諸法実相抄(1358ページ)
異体同心事(1463ページ)

◯準必須20編

華果成就御書(0900ページ)
可延定業書(0985ページ)
治病大小権実違目[治病抄](0995ページ)
太田入道殿御返事[業病能時事](1009ページ)
曾谷殿御返事[成仏用心抄](1055ページ)
兵衛志殿御返事[三障四魔事](1090ページ)
四条金吾殿御返事[煩悩即菩提御書](1116ページ)
四条金吾殿御返事[此経難持御書](1136ページ)
四条金吾殿御返事[衆生所遊楽御書](1143ページ)
四条金吾殿御返事[八風抄](1150ページ)
四条金吾殿御返事[法華経兵法事](1192ページ)
檀越某御返事(1294ページ)
新池御書(1439ページ)
三沢抄[佐前佐後抄](1487ページ)
上野殿後家尼御返事[地獄即寂光御書](1504ページ)
上野殿御返事[梵帝御計事](1537ページ)
南条殿御返事[法妙人貴事](1578ページ)
白米一俵御書(1596ページ)
身延相承書[総付嘱書][日蓮一期弘法付嘱書](1600ページ)
池上相承書[別付嘱書][身延山付嘱書](1600ページ)
日興遺誡置文(1617ページ)

※必須については、助師のときにぜひともマスターしてほしい御書で、準必須は助師・
講師の段階で一通り勉強してほしい御書である。


【講 師】

1.助師にあげた必須、準必須の御書を必ずマスターすること。
2.重要御消息文50編(別掲)についても研さんすること。
3.以上に加えて、次にあげる御書を研さんしてほしい。(◎印は特に重要な御書)

◎一生成仏抄(0383ページ)
◎如説修行抄(0501ページ)
◎顕仏未来記(0505ページ)
◎諌暁八幡抄(0576 ページ)
宿屋入道への御状(0169ページ)
北条時宗への御状(0169ページ)
宿屋左衛門光則への御状(0170ページ)
平左衛門尉頼綱への御状(0171ページ)
北条弥源太への御状(0172ページ)
建長寺道隆への御状(0173ページ)
極楽寺良観への御状(0174ページ)
大仏殿別当への御状(0174ページ)
寿福寺への御状(0175ページ)
浄光明寺への御状(0175ページ)
多宝寺への御状(0176ページ)
長楽寺への御状(0176ページ)
弟子檀那中への御状(0177ページ)
一昨日御書(0183ページ)
法華初心成仏抄(0544ページ)
法華経題目抄(0940ページ)
四菩薩造立抄(0987ページ)
諸経と法華経と難易の事[難信難解法門](0991ページ)
法蓮抄[父子成仏抄](1040ページ)
祈祷抄(1344ページ)

○それに準教材として「創価学会入門」を用いる。


【助教授補】

1.助師・講師にあげた御書をマスターすること。
2.重要御消息文50編(別掲)についても研さんすること。
3.以上に加えて、次にあげる御書を研さんしてほしい。

立正安国論(0017ページ)
開目抄(0186ページ)
撰時抄(0256ページ)
報恩抄(0293ページ)
教行証御書(1276ページ)

○それに準教材として「創価学会入門」を用いる。


【助教授】

1.助師・講師・助教授補にあげた御書をマスターすること。
2.重要御消息文50編(別掲)についても研さんすること。
3.以上に加えて、次にあげる御書を研さんしてほしい。

如来滅後五五百歳始観心本尊抄[観心本尊抄](0238ページ)
木絵二像開眼之事[法華骨目肝心](0468ページ)
当体義抄(0510ページ)
三大秘法禀承事[三大秘法抄](1021ページ)
曾谷入道殿許御書[五綱抄](1026ページ)
生死一大事血脈抄(1336ページ)
草木成仏口決(1338ページ)
富士一跡門徒存知の事(1601ページ)
五人所破抄(1610ページ)

4.助教授より「六巻抄」を用いる。

三重秘伝抄
文底秘沈抄


【教授補】

1.助師から助教授までにあげた御書をマスターすること。
2.以上に加えて、次にあげる十大部等の御書を研さんしてほしい。

唱法華題目抄(0001ページ)
法華取要抄(0331ページ)
四信五品抄(0338ページ)
下山御消息(0343ページ)
本尊問答抄(0365ページ)
御義口伝(0701ページ)

3.六巻抄(助教授の教材に加えて)
依義判文抄
末法相応抄
当流行事抄


【教 授】

1.御書全編に通ずる。
2.六巻抄全部に通ずる。



【助教授までにマスターすべき重要御消息文50編】

清澄寺大衆中(0893ページ)
新尼御前御返事(0904ページ)
富木殿御返事(0962ページ)
土木殿御返事(0963ページ)
法華行者逢難事(0965ページ)
富木尼御前御返事[弓箭御書](0975ページ)
転重軽受法門(1000ページ)
曾谷入道殿御返事[如是我聞事](1057ページ)
秋元殿御返事[五節供御書](1070ページ)
四条金吾女房御書[安楽産福子御書](1109ページ)
月満御前御書[月満誕生御書](1110ページ)
四条金吾殿御消息[竜口御書](1113ページ)
同生同名御書(1114ページ)
王舎城事(1137ページ)
四条金吾殿御返事[智人弘法抄](1148ページ)
四条金吾殿御返事[世雄御書](1165ページ)
崇峻天皇御書[三種財宝御書](1170ページ)
中務左衛門尉殿御返事[二病抄](1178ページ)
四条金吾殿御返事[源遠長流御書](1180ページ)
四条金吾殿御返事[石虎将軍御書](1185ページ)
寿量品得意抄(1210ページ)
日妙聖人御書(1213ページ)
乙御前御消息[身軽法重抄](1218ページ)
弥源太殿御返事[善悪二刀御書](1226ページ)
さじき女房御返事[帷供養御書](1231ページ)
妙密上人御消息[法華経功徳抄](1237ページ)
妙一尼御前御消息[冬必為春事](1252ページ)
大悪大善御書(1300ページ)
千日尼御前御返事[雷門鼓御書](1315ページ)
松野殿御返事[十四誹謗抄](1381ページ)
松野殿後家尼御前御返事[盲亀浮木抄](1390ページ)
妙法尼御前御返事[一句肝心事](1402ページ)
妙法尼御前御返事[臨終一大事](1404ページ)
内房女房御返事[白馬白鳥御書](1420ページ)
船守弥三郎許御書[伊豆配流事](1445ページ)
椎地四郎殿御書[如渡得船御書](1448ページ)
弥三郎殿御返事(1449ページ)
減劫御書[智慧亡国書](1465ページ)
三三蔵祈雨事(1468ページ)
蒙古使御書(1472ページ)
妙心尼御前御返事[病之良薬御書](1479ページ)
十字御書(1491ページ)
本尊供養御書(1536ページ)
上野殿御返事[水火二信抄](1544ページ)
上野殿御返事[竜門御書](1560ページ)
上野殿母御前御返事[四十九日御書](1568ページ)
上野尼御前御返事[鳥竜遺竜事](1580ページ)
法華証明抄(1586ページ)
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by siawaseo_anatani | 2013-07-26 17:35 | 資料紹介