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 創価版の正式な書名は、たんに、「日蓮大聖人御書全集である。
 「新編」も「創価学会版」もない。
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 かつて記されていた、
 「日蓮正宗」や「大石寺版」という表記も同じである。
 それは扉や奥付を見れば明らかである。
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 これらの文字は、本体の背表紙と函の背に記されているだけで、いってみればキャッチコピーのようなものでしかないのである。
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 創価版は「全集」とはいうものの凡例によれば、日蓮の真筆であっても、
 「建長五年宗旨建立已前の戒体即身成仏義等数篇」
 「現代教養に裨益なき十王讃歎抄・八大地獄抄等」
 「純天台なる三八教・秀句十勝抄等の如き縦い御真筆でも御抄録分と見做して」
掲載せず、逆に、
 「真偽未決の問題となるものも信行に資するものは之を取る。」
という。
 要するに、都合の良くないものは掲載しないが、都合の良いものは掲載する、ということである。
 これで「全集」と名づけるのだから度胸があるとしかいいようがない。
 たとえば「立正安国論」などは、後年、日蓮自らの手で増補訂正したいわゆる「立正安国論広本」の真筆が現存しているが、創価版には掲載されていない。
 また、真筆は現存しないものの、いわゆる「録内」には収録されている「波木井殿御報」も掲載されてはいない。
 この「波木井殿御報」は、弘安五年九月十九日の日付けがあり日蓮最後の文といわれるものである。
 こうしたものが掲載されず、古来より日蓮の遺文とはみなされていなかった「本因妙抄」や「百六箇抄」は「相伝書」として掲載されている。
 しかしこの二書は古写本もなく、元々は大石寺のものですらない。
 本因妙抄の写本は、京都要法寺日尊本、保田妙本寺日我本、京都要法寺日辰本など。大石寺日時本というのがあるとされるが公開はされていないし、創価版の目次では出典つまり底本は富士宗学要集の第九巻資料類聚となっている。
 百六箇抄の写本は、北山本門寺日山本、保田妙本寺日我本、京都要法寺日辰本・保田妙本寺日山本西山蔵。こちらも出典を富士宗学要集の第九巻資料類聚としている。
 「相承書」としては「身延相承書」「池上相承書」「産湯相承書」が掲載されている。
 このうち、「身延相承書」は、ほぼ偽書とみなされているが、「録外」に収録されているため、他の日蓮宗系の遺文集にも「日蓮一期弘法」などの書名で、いちおうは掲載されている。
 もうひとつの「池上相承書」は「録内」「録外」はおろか、ほとんどの遺文集や遺文目録にも掲載されておらず完全な偽書扱いのものである。

 身延相承書池上相承書は、京都要法寺日廣本、京都要法寺日辰本西山本門寺蔵、北山本門寺日出本が主な古写本であるが、創価版では富士宗学要集の第九巻資料類聚が出典となっている。
産湯相承書」も、日山写本、日悦写本、左京日教本などがあるが、これも同様に富士宗学要集の第九巻資料類聚が出典である。
 御義口伝は、上巻は京都要法寺日経本と大石寺本、下巻は京都要法寺日経本があるとされているが、創価版は既刊の「日宗社」の活字本をそのまま掲載している。
 同様に御講聞書も、京都要法寺の大永本を使用しないで、これも「日宗社」の活字本をそのまま掲載している。
 こうした恣意的な取捨選択による編集や既刊本の転載による遺文集では、

とてもではないが「古今を通じて最も誇り得べき」「全集」の名に値しない
のではないだろうか。

 創価版は、「日蓮遺文」「付録日興上人書(三編)」を目次に掲載しているので、これを本編とみなせるが、収録されている日興著作については以下のようになる。
富士一跡門徒存知事は富士宗学要集第一巻相伝・信条部が出典・底本だが、これは大石寺蔵の日誉本に堀日亨が他の写本と照校し校訂を加えたというが、日興の直筆は存在していないし、古写本もない。しかも書写した日誉は、大石寺の僧侶ではなく重須(北山)本門寺の僧侶である。
五人所破抄は日興の談を日順が草案としてまとめたとされるものであり厳密には日興の著作とは言えず、日順の直筆もなく、写本としては重須本門寺日代本、京都要法寺日辰本、下条妙蓮寺日諦本などがあるが、富士宗学要集第二巻宗義部を出典・底本としている。
日興遺誡置文日興の直筆はなく、写本は保田妙本寺蔵日我本があるが、出典・底本はこれも富士宗学要集の第九巻資料類聚となっている。
 つまり、戸田城聖が「発刊の辞」で述べるような、
「最も重要なる血脈抄・本因妙抄等日蓮正宗門外不出の御抄」
なるものは、本因妙抄には伝日時写本とされるものがあるというものの真筆はひとつもなく、他の文書も主要な写本も全て大石寺日蓮正宗のものではないし、掲載されている日興の著作も真筆がなく全て写本で、大石寺にあるという「富士一跡門徒存知事」の写本も重須(北山)本門寺僧侶日誉による江戸時代のものである。つまり
これらはみな「日興門流の文書」ではあっても、けっして「日蓮正宗大石寺の文書」ではないのである。
 仮りに「日蓮正宗門外不出」というならば、他山他寺の写本ばかりなので日蓮正宗のものとして出すことを憚ったということではないか。それを堀日亨が得々として出したものに戸田城聖が飛びついてしまったわけである。文字通り典型的な我田引水の見本のようなものである。

 創価版の巻頭の目次にはないが、巻末には、
 「弟子檀那等列伝」
 「年表」
が掲載されており、これは付録ということだろう。もっともこれも行道文庫版の模倣である。
 「弟子檀那等列伝」は文体からも「編者」である堀日亨のものと思われる。
 「年表」については、堀日亨が「序」で次のように記している。
 「
殊に学会の教学部に於いて(中略)略伝年表まで作成されたことは望外の僥倖であつた」

 余談ではあるが、2015年10月に行なわれた創価学会の会則変更について、「創価学会は大石寺の板漫荼羅を否定した」などという批判もいまだになされているが、それはまちがっている。
 変更された会則では曖昧かつ微妙、玉虫色とも鵺的ともいえる表現である。
 創価学会の根本経典は昔も今も創価版の「日蓮大聖人御書全集」であり、厖大に出版されている書籍のほとんどが聖教新聞社発行であるのに対して、この創価版は創価学会発行で一貫している。なお、「編年体 日蓮大聖人御書」も昭和四十八年発行の初版は創価学会の発行となっているが最新版は未見のため不明である。
 そこで創価学会版に付された年表である。
 弘安二年の項には次のように記されている。

身延に在り、九月熱原の法難あり、十月戒壇の大御本尊を末法万年の為に書示せらる(年表16頁)
 会則の変更がなされても年表の板漫荼羅についての記述には変更がないのだ。
 ちなみに、編年体初版の年表38ページでは、
○10・12 一閻浮提総与の本門戒壇の大御本尊を建立される〔曼荼羅脇書〕
と、ゴシック体で記載されている。

 年表は創価学会教学部の作成なのであるから、板漫荼羅を否定したのであればこの年表の記述も変更もしくは削除してよさそうなものである。
 根本経典である創価版の中で依然としてそのまま残しているということは、現段階で創価学会は板漫荼羅を否定するつもりはない、ということであろう。
 これはおそらく長期的な戦略に立った上での選択であると思われる。


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by siawaseo_anatani | 2016-11-14 08:08 | 学会系出版物
『日蓮大聖人御書全集』(創価)昭和27年、について02
 「編集」について



 ではさらに、「新編」「全集」とはどういうことなのか。
 先行する類似の書名としては、浅井要麟が編纂し平楽寺書店が刊行した
『昭和新修 日蓮聖人遺文全集』全三巻

があるが、これは編年体であった。
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 創価版は編年体でもなく、義類別でもない。
 創価版の凡例によれば、
 「首に唱法華題目抄等を掲げて大聖人の当初の大小権実判等の折伏篇を示して立正安国論の大義の起因を明かにし、又之に反応する公辺の諸篇を列して開目抄観心本尊抄等の本迹種脱人法開顕の深義に進んだ」
 「更に各般の所対に応じて進展せる御抄を列ね」
 「次に弟子檀那等への御消息は個別の下には編年にした」
 つまり、前半は内容を重視し、後半は個人ごとに編年で類別しているという。
 完全な内容別でもなく、編年体でもない。
 そのために、日蓮の思想の発展経過などは理解ししにくい
 これで「全く大聖化導の始終を一目するに便し」(凡例)た編集などと言えるとしたらパラノイアではないかとすら思える。

 創価版にいくぶんか近い編集をしているのは高佐貫長(高佐日煌)編・皇道仏教行道会(現・日蓮宗霊断師会)
『日蓮聖人御遺文 全』
であり、堀日亨はそれを模倣したようにも思える。
 じつは全体を二つに大別し、後半に消息文を配置するというのは、この高佐貫長師が編集主任となって戦前に出版した『日蓮聖人御遺文 全』(以下、高佐版と略記)
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とほぼ同じである。巻末に門下の列伝と年表を収録しているのも同様の模倣で、違っているのは「御義口伝(日興記)」と「御講聞書(日向記)」が、高佐版では本編の最後つまり列伝と年表の前に置かれていたものを、創価版では前半に持ってきたことである。
 高佐版の前半は「御著作篇」として、「主要書」「教義書」「信行書」「対外書」「聖跡書」に分けられているが、創価版の前半にはそうした分類もない。
 書名にしても編集にしても、良いとこ取りを試みて虻蜂取らずに終わった観がある。
 ただ、ある種独特の配列は、「目新しい」というよりも、「新奇」もしくは「珍奇」な編集とはいえるかもしれないが、収録遺文の書名索引もないために使い勝手の悪いこと甚だしい。
 ちなみに、この使い勝手の悪さをなんとかしようとして昭和四十八年に出版されたのが、
創価学会教学部編『編年体 日蓮大聖人御書』
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である。
 編年体は創価版を編年体にしただけではなく、本文の活字も組み直しているので、その段階でできるかぎりの誤字の訂正なども行なわれている。さらに、巻末には遺文名の索引も付され、編年体のページだけではなく創価版のページも記されている点は親切である。また、年表も大幅に改訂され遺文名の記載が大幅に増えており、「堀日亨・編」とされる創価版よりもはるかにましである


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by siawaseo_anatani | 2016-08-24 16:43 | 学会系出版物
『日蓮大聖人御書全集』(創価)昭和27年、について01
 「書名について」

《内容》

発刊の辞(戸田城聖)/4P
序(堀日亨)/4P
凡例/2P
目録の読み方/1P
目次/29P

命名不能分類(四分割)/1~594
 釣りもの/595~700
 御義口伝/701~803
 御講聞書/804~847
 申状/848~853
 百六箇抄/854~869
 本因妙抄/870~877
 産湯相承/878~880

消息・断簡類(四分割)/881~1599
 身延相承・池上相承/1600

付録
 富士一跡門徒存知の事/1601~1609
 五人所破抄/1610~1617
 日興遺誡置文/1617~1619

巻頭目次未記載
 弟子檀那等列伝/1~22
 年表/1~17
奥付/1P


 本書は昭和二十七年に定価千二百円で六千部発行された。
高卒公務員の初任給が4,600円、ラーメン一杯35円、新聞の購読料が一ヵ月280円のころである。
当時の会員数は公称で九千数百人、約一千世帯であったとされるが、初版を売り切るのには一年ほどかかったといわれている。

 日蓮の遺文集は大別すると、編年体と類別編集がある。
 本書の場合は、目次では前半最後の産湯相承までは一行あけでいちおう四つに類別編集されてはいるが、各類の命名はされておらず、仮に命名しようとしてもほとんど不可能である。
 また後半の消息類も四つに大別されているが、たんに対告衆のおおまかな居住地別というだけであって、凡例に記されているような、
「全く大聖化導の始終を一目するに便し」
などというものではない。

 『新編 日蓮大聖人御書全集』(以下、創価版と略記)は、初版発刊当時の背表紙には、
 「日蓮正宗/新編/日蓮大聖人御書全集/大石寺版
と記されていた。
 次いで、
 「日蓮正宗/新編/日蓮大聖人御書全集/創価学会版
と変更されたが、第一次宗創紛争後に、
 「日蓮正宗/新編/日蓮大聖人御書全集/大石寺版
に戻され、第二次宗創紛争後は、
 「新編/日蓮大聖人御書全集/創価学会版
となっている。
 いづれも「新編」の文字は残されているが、「新編」ということは「旧編」があったということになる。

 旧ということでは、日蓮正宗系では、昭和4年に佐藤慈豊の編纂による
 「日蓮大聖人御書新集」(以下、新集または佐藤版と略記)
が出版されている。

 日蓮系では日蓮の遺文集に「御書」と冠したものは、じつはさらに古いが、ここでは活字本にしぼる。
 江戸時代の小川泰堂が編纂した分冊和本の全集に、
 「高祖遺文録」
があり、それを活字版にして出版されたのが、
 本化聖教/(天)/日蓮聖人御遺文/霊艮閣蔵版
である。

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 これは「霊艮閣版」とも「縮刷遺文」「縮刷版」「縮刷」とも呼ばれている。
 「縮刷」というのは、和本では数十冊に分冊されていたものを1冊にまとめ、判型も小さくなったためにそのように呼ばれた。

 この「縮刷」は編年体であったが、「高祖遺文録」を内容別に分類配列したものが国柱会の、
 類纂高祖遺文錄(以下、類纂または国柱版と略記)
である。
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 これは田中智学の発案になるもので、田中智学の高弟であった長瀧智大と山川智応が編集に当たった。
 こんにち一般的には「類纂高祖遺文錄」で通っているが、じつは正式な書名は、
 「類纂高祖遺文錄 日蓮聖人御書全集」
という。
 「類纂高祖遺文錄」
とは、「高祖遺文錄を分類して編纂した」という意味であって、通称としては問題ないが、副題のようになってしまっている「日蓮聖人御書全集」のほうが書名としては相応しいように感じられる。
 じっさい当時の書籍広告では「日蓮聖人御書全集」の書名で広告している。
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 そこで創価学会版である。
 国柱版は「日蓮聖人御書全集」
 佐藤版は「日蓮大聖人御書新集」
 創価版は「日蓮大聖人御書全集」
 佐藤版は、国柱版の「日蓮聖人の御書全集」ではなく「日蓮大聖人御書の新しい全集」という自負をもって「日蓮大聖人御書新集」と名付けたと思われる。
 創価版の書名は、佐藤版の「新集」を「全集」と変えたか、国柱版の「日蓮聖人」を「日蓮大聖人」と変えただけで、あえてパクリなどと言うつもりはないが、オリジナリティーは感じられない。
 いってみればせいぜい佐藤版と国柱版の良いとこ取りの名称ということである。
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by siawaseo_anatani | 2016-08-22 11:57 | 学会系出版物
【「自著を無断使用」佐野眞一氏を提訴 宗教研究者】
朝日新聞デジタル 2013年7月31日21時6分

 ノンフィクション作家の佐野眞一さんに、自著の内容を無断で使われたとして、宗教研究者で元日本共産党中央委員の日隈威徳(ひぐま・たけのり)さんが31日、佐野さんに780万円の損害賠償と謝罪広告の掲載などを求める訴えを東京地裁に起こした。

 問題とされたのは、佐野さんが週刊ポスト(小学館発行)の2012年1月~6月の号で連載した「化城(けじょう)の人 池田大作と創価学会の80年」と題する記事。創価学会の歴代会長のエピソードを紹介し、歴史を振り返る内容だった。

 創価学会や公明党について研究する日隈さんは、創価学会第2代会長の生涯を描いたノンフィクション作品「戸田城聖―創価学会」を1971年に出版。佐野さんの連載記事には、同著から無断で使用した部分が43カ所あると訴えている。

 この問題で佐野さんは、昨年12月、週刊ポスト上で「配慮が足りなかった」と無断で使った部分があることを認め、謝罪。提訴後の会見で日隈さんは「本人から直接の謝罪がないため、提訴した」と話した。

 佐野さんは「訴状が届いていないので、今はコメントできない」としている。

http://www.asahi.com/national/update/0731/TKY201307310432.html

・・・・・・・・・・・・・・・
この 佐野眞一氏、盗用の常習者なんですよねぇ。

いい作品も書いているんですが、こうたびたび盗用問題をおこしていてはダメとしか言いようがありません。

提訴した日隈威徳氏は文中にもあるように宗教研究者で元日本共産党中央委員で宗教委員会の委員長をしていました。

日隈氏の著書『戸田城聖―創価学会』は、戸田城聖について初めてのまとまった研究評伝でした。

この本の内容については、わたしの「Picasaフォトアルバム」の「創価学会関連本表紙」に表紙画像と目次をアップしています。

https://picasaweb.google.com/110311647048093794491/brSJAJ#5323456910432073986
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by siawaseo_anatani | 2013-08-01 23:06 | 事件

小樽問答・全記録 002

以下の文には「編集著作権」があります。引用する場合は、本ブログからであることを必ず明記して下さい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 日蓮宗司会者挨拶 本日はこの画期的な日蓮宗講師側と日蓮正宗創価学会教学部との対決の学会を開催致しましたるところ、多数御来場賜わりまして、司会者と致しまして、誠に感謝感激に堪えない次第であります。謹しんでお礼を申し述べます。

 開会に先き立ちまして、お題目の三唱を致したく思いますので、どうぞ、その場で御起立をお願い致します。(ヤジ「どっちの題目だ」「身延か」など)

 南無妙法蓮華経
 南無妙法蓮華経
 南無妙法蓮(妙龍寺所蔵のテープでは、ここから音が消える)華経

 本日の会合の司会者と致しまして取り運びます順序、その他のことにつきまして一言申し上げます。
先ず最も大切でありますことは会場が非常に多数詰めかけておりますために、非常な混乱も起るということが想像されるのでありまするが、画期的なこの学会でございます。
聴衆の各人が一言一句も聴き洩らすようなことがありましては、誠にこの希有の大会をして汚濁に頻するということにも相成ると存じますので、両司会者の(音が入る)指図に従いまして飽くまでも静粛裡にこの大会が終了せられますよう、皆様の自粛自戒をお願い申し上げる次第でございます。

 なお時間が、只今より開会せられまして、九時十分に終了ということになっております。
講師は各二名づつ登壇致します。
講師の弁論は始め一人各十二分、更にその補足を致しますのが五分、その順序は司会の側におきまして抽選を致して決っします。
一般質問は二十分、司会者が指名致しました来聴者皆様方からの質問に応ずることに相成っております。

 なお講師の弁論が終りました後、講師間の質疑応答を三十分致しまする。
本日の学会におきまして勝敗を決するというような別に判者、判定人を別に設けておりません。
そのために勝敗ということには頓着しないのでありまするが、もしも講師間におきましてその答弁に窮した場合、約二分間を経過するものは、これは負けたりというふうにみなすのもよろしいのでございます。

 このように実は司会者側におきまして取り決めを致してあります。

 なお会場にはそれぞれ、私どもの日蓮宗側と日蓮正宗の側から警備の方が出ております。
司会者の命には絶対従って頂きまして、各会場係、警備の方の指図に従って頂きたいと存じます。

 大体申し上げる事項は右のような次第でありまするが、くれぐれも静粛を旨として頂くことを切にお願い申し上げます。

 それでは只今より日蓮宗側の講師としてお招き致しました先生を御紹介申し上げます。

 長谷川義一先生であります(拍手)
 室住一妙先生であります(拍手)
 失礼を致しました。

 学会側司会者挨拶 (拍手)えー、学会の司会を致します池田と申します。(拍手)

 全国にわたりまして日蓮正宗の、仏法の正しいゆえんによって全国にわたる間違った、邪教といい切れる日蓮宗身延派の信者が何千、何万と創価学会、日蓮正宗の信者になったということは、実に日蓮正宗が正しいという証拠であります。(拍手)

 したがって今身延派ではその身延の信仰があくまで、日蓮大聖人ように対する敵であり、仏敵であり、それに気づき日蓮正宗の仏法のみが、経文の上でも哲学の上でも、事実の現証の上でも正しいという証拠のゆえに身延をやめて日蓮正宗の信徒となったのであります。(拍手)

 ゆえに、ゆえにその状態に躍気となって今身延ではあの手この手を使って大衆を騙らかせ日蓮正宗の誹謗をなしておるの状態が今日の結果になったと思うのであります。(拍手)
されば、されば、私も身延の本山に行ってまいりました。
あくまでも日蓮大聖人様は「日蓮が魂を墨に染め流して書きて候ぞ信ぜさせ給え」そう申せられた御意志に背き、身延の本山そのもの全体が稲荷を拝み蛇を拝みあるいは小乗の丈六の釈迦を拝み、その雑乱ぶりたるや狂態の沙汰である感を覚えたのであります。(拍手)

 世間では身延山があくまでも祖山であるというふうに考えておりますが、身延と日蓮正宗との法の勝劣は、厳然たるものであり、未だかって大聖人様の真髄たる日蓮正宗の仏法が身延などの邪宗邪義に敗けておるわけが絶対にないのであります。(拍手)

 本日ここに日蓮宗、又わが日蓮正宗創価学会の教学部の小平芳平氏、それから辻武寿氏が身延の権威者であられるようなお方と対決、また法論をする状態によって、皆様が明らかに、いかに日蓮正宗が正しく、いかに日蓮宗身延派が邪道であるかということが、はっきりなされることと思う次第でございます。(拍手)

 学会教学部の先生方の御紹介を、私から致します。(拍手)

 こちらに居られるのが創価学会教学部、小平芳平先生でございます。(拍手)

 こちらに居られるのが教学部、やはり、辻武寿先生でございます(拍手)

 どうかさきほど、身延派の司会者が申されましたが、司会者の間におきましても、絶対に審判は司会者の権限にあり、また法論のしっかりした正邪というものを、あくまでもお取りしたいと考えておりますし、また場合によっては皆様方の賛否の状態も伺いたいと存じております。
どうかこれから両講師のお話に入りますけれども、よくよくお聴き願いたいと思います。
簡単でございますが、御挨拶と致します。(拍手)
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by siawaseo_anatani | 2012-09-19 05:08 | 小樽問答

小樽問答・全記録 001

d0153496_1512938.jpg
小樽問答は日蓮宗と創価学会によって行なわれた「法論」です。

以下は、日蓮宗現代宗教研究所所報『現代宗教研究』掲載のために私が反訳した元テキストです。

『現代宗教研究』掲載のものは、手が加えられていてニュアンスがことなります。

 本稿は、日蓮宗妙龍寺所蔵の録音を、可能な限り忠実に反訳したものである。反訳とは録音されたものを文章化するこという。

d0153496_2104942.jpgこれまでに創価学会は『小樽問答誌』という書名で昭和三十年五月に反訳を出版しており、昭和三十七年にも増補改訂版を出版している。

d0153496_211475.jpg 日蓮宗では、『みのぶ』誌の昭和三十年四月号で特集したが討論会のもようは要約抜粋であった。

 また討論当事者であった長谷川義一師が昭和三十一年三月に『小樽問答の眞相』という冊子を出版されたが、記録と記憶をもとに所感を述べられたもので、これも討論会の忠実な再現ではなかった。

 創価学会の『小樽問答誌』は討論会のほぼ全体を掲載してはいるが、発言が修正されていたり創価学会に都合の良い注釈が加えられるなど編集が施されており、読むさいにはかなりの注意が必要である。

 本稿は、以下のルールにより、反訳した。

一、マイクを通していない登壇者以外の声は、ヤジとして( )の中に記した。

一、 文中、三ヶ所テープ交換のために音が入ってないところがあるが、(音が消える)(音が入る)と記し、『小樽問答誌』から該当する箇所を補った。

一、 一般質問者の氏名もわかる範囲で記した。

一、 文中、必要に応じて ( )の中に注を記した。


  登壇者略歴

日蓮宗代表

  室住一妙・新潟県出身、立正大学卒業、身延山短期大学身延山高等学校勤務。

  長谷川義一・東京妙顕寺、日蓮宗東京北部布教師会長、元立正大学教授。

創価学会代表

  小平芳平・大正十年八月十三日長野県に生る、昭和二十二年中央大学法学部卒業、昭和十六年十月入信、当時、創価学会教学部長・教学部教授・大白蓮華編集長。のち公明党参議院議員。

  辻 武寿・大正七年四月三日埼玉県に生る、昭和十三年東京府豊島師範学校卒業、昭和十五年七月入信、当時、創価学会青年部長・教学部教授・蒲田支部幹事。のち公明党参議院議員、創価学会副会長・參議会議長。


  司会者
日蓮宗・松井義海

創価学会・池田大作


  一般質問者

日蓮宗(質問順)
  小松智元・苫小牧法華寺
  望月都区英
  三和連城・余市法華寺
  水野英嶺・川上妙巌寺

創価学会(質問順)
  龍登
  細井精道(日蓮正宗僧侶、後に66世法主)
  龍年光
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by siawaseo_anatani | 2008-09-22 02:13 | 小樽問答