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創価教育学会会長・牧口常三郎(まきぐちつねさぶろう)の最初の全集。

戦後約20年のあいだ、「創価学会初代会長」の著作は会員の目に触れることなく封印されていました。

人名索引、国名・地名索引、事項索引が巻末にあるので第三文明社版よりもある意味では便利です。

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『牧口常三郎全集 第4巻 人生地理学 下』
東西哲学書院、1965年(昭40)8/26
上製、函、666ページ(第11版を原本とし校訂)

巻頭折り込み図版
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 世界文明の中心
 世界人種分布
 世界の人口分布

序(池田大作)/1〜3

凡例/1

目次/1〜10

 距離および温度の改算/1

第八版 訂正増補について 牧口常三郎/3〜6

第2篇 地人相関の媒介としての自然/7
 第14章 無生物/9
 第15章 太気/45
 第16章 気候/55
  日本等温線図/62
  日本気圧および風向図/78
 第17章 植物/99
  写真 インド・ダージリンの茶摘み風景/110と111の間1P
  写真 奄美大島のサトウキビ畑・北海道嬬恋のバレイショ畑/110と111の間1P
 第18章 動物/151
 第19章 人類/205
第3篇 地球を舞台としての人類生活現象/229
 第20章 社会/231
 第21章 社会の分業生活地論/253
 第22章 産業地論上/289
 第23章 産業地論中/311
 第24章 産業地論下/343
  写真 造船所全景 岡山玉野市三井造船/3500と351の間1P
  写真 タンカーの公航試運転・タンカーの進水式/350と351の間1P
 第25章 国家地論/393
 第26章 都会および村落地論/437
 第27章 人情風俗地論/493
 第28章 生存競争地論/509
 第29章 文明地論/525
第四篇 地理学総論/537
 第30章 地理学の概念/539
 第31章 地理学の発達/569
 第32章 地理学の名称ならびに人生地理学の科学的位置を論ず/585
 第33章 地理学の研究法/597
 第34章 地理学の予期し得べき効果および必要/611

あとがき(和泉覚)/619〜621

事項索引/後15〜30
国名・地名索引/後6〜14
人名索引/後1〜5
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by siawaseo_anatani | 2013-10-12 23:28 | 学会系出版物
創価教育学会会長・牧口常三郎(まきぐちつねさぶろう)の最初の全集。

戦後約20年のあいだ、「創価学会初代会長」の著作は会員の目に触れることなく封印されていました。

人名索引、事項索引、書名索引が巻末にあるので第三文明社版よりもある意味では便利です。

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『牧口常三郎全集 第3巻 人生地理学 上』
東西哲学書院、1965(昭40)年7/23
上製、函、447ページ(初版を原本とし校訂)

巻頭折り込み図版
 現代の世界(二つの世界)
 六大強国権力一覧(英国海上権力一覧)

序(池田大作)/1〜3

凡例/1

目次/1〜7

 距離および温度の改算/1
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原版の序/1〜6

緒論
 第1章 地と人との関係の概観/1〜10
 第2章 観察の基点としての郷土/11〜18
 第3章 如何に周囲を観察すべきか/19〜34
第1篇 人類の生活処としての地/35
 第1章 日月および星(地上現象の総原因としての)37〜48
 第2章 地球/49〜74
 第3章 島嶼/75〜92
 第4章 半島および岬角/93〜105
 第8章 地峡/107〜116
 第9章 山岳および渓谷/117〜160
 第10章 平原/161〜192
 第11章 河川/193〜235
 第12章 湖沼/237〜253
 第13章 海洋/255〜294
 第14章 内海および海峡/295〜316
 第15章 港湾/317〜357
 第16章 海岸/358〜390

あとがき(神尾武雄)/391〜393

索引/後1〜32
 人名索引/後1〜6
 国名・地名索引/後7〜18
 事項索引/後19〜30
 書名索引/後31〜32
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by siawaseo_anatani | 2013-10-10 22:38 | 学会系出版物
創価教育学会会長・牧口常三郎(まきぐちつねさぶろう)の最初の全集。

戦後約20年のあいだ、「創価学会初代会長」の著作は会員の目に触れることなく封印されていました。

人名索引、事項索引、書名索引が巻末にあるので第三文明社版よりもある意味では便利です。

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『牧口常三郎全集 第2巻 創価教育学体系 下』
東西哲学書院、1965(昭40)6/20、
A5判、上製、函、535ページ
定価700円

〔巻頭写真〕創価教育学研究所グループ
序(池田大作)/1~3
凡例/1
目次/1~8
創価教育学体系 上/1
 緒言/3
 第4篇 教育改造論/9
  創価教育六大指標/10
  第1章 教育改造政策の要諦/11
  第2章 教育機関の体系及び其の進化論的考察/35
  第3章 教師即教育技師論/51
  第4章 小学校長登用試験制度論/85
  第5章 教員待遇改革論/99
  第6章 師範教育改造論/109
  第6章 国立教育研究所論/135
  第7章 教育統制機関改革論/147
  第8章 教権確立論/165
  第9章 学制改革案論/189
  第10章 半日学校制度論/217
第4巻 教育方法論/243
 序言/245
  第1章 国家教育の破産と対策/247
  第2章 教育方法論建築の基礎に横はる先決問題/269
  第3章 教育方法論の研究法/295
  第4章 教育方法論の体系/337
 第2篇 教材論/361
  第1章 教材の選択及排列/363
  第2章 教科構造論/375
  第3章 国定教科書論/407
  第4章 国字改良問題/417
 第3篇 教育技術論/431
  第1章 教育技術の進化論的考察/433
  第2章 教育技術観賞論/445
附録「創価教育学体系」批評/257
 「改造」における「創価教育学体系」批判(田辺寿利)/491
 「環境」における「創価教育学体系」批判(甘蔗生規矩)/494
 「中外商業新報」における批判
   牧口常三郎氏の「創価教育学体系」を読む(一記者)/497
 「東京ニュース』における「創価教育学体系」批判/500
 「教育週報」における「創価教育学体系」批判/502
あとがき(柏原ヤス)/505
索引/後1~16
 人名索引/後1~6
 事項索引/後7~15
 書名索引/後16
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by siawaseo_anatani | 2013-09-28 15:27 | 学会系出版物
創価教育学会会長・牧口常三郎(まきぐちつねさぶろう)の最初の全集。

戦後約20年のあいだ、「創価学会初代会長」の著作は会員の目に触れることなく封印されていました。d0153496_2393674.jpg

唯一公表されていた著作は『価値論』ですが、これは戸田城聖の補訂によるもので、正確には牧口の著作とは言えません。

本書の第三篇の価値論は戸田補訂版を使用しているので要注意。

人名索引、事項索引、書名索引が巻末にあるので第三文明社版よりもある意味では便利です。

・・・・・・・・・・・・
『牧口常三郎全集 第1巻  創価教育学体系 上』
東西哲学書院、1965(昭40)5/3、
A5判、上製、函、435ページ、700円

〔巻頭写真〕肖像
発刊の辞(北条浩)/1~3
序(池田大作)/1~3
凡例/1
目次/1~6
創価教育学体系 上/1
 緒言/3
 第一篇 教育学組織論/9
  第一章 緒論/13
  第二章 教育学の価値的考察/15
  第三章 教育学の本質/39
  第四章 教育学の研究法/65
  第五章 教育学組織の内容/87
 第二篇 教育目的論/107
  第一章 教育目的の定立/109
  第二章 教育の目的としての幸福/123
  第三章 教育目的と社会/141
  第四章 生活様式論/157
  第五章 教育の目的と創造力/192
  第六章 教育目的観の進化/197
 第三篇 価値論/211
  補訂再版の序 (戸田城聖)/213
  原版の序 (牧口常三郎)/215
  緒論=価値と社会科学/223
  第一章 真理と価値=認識と評価/229
   一 真理と価値/231
   二 認識と評価/247
  第二章 認識観/257
   一 認識の過程・同と異=等同意識と差別意識/259
   二 本質と菲本質/265
   三 認識の対象/269
   四 直観およびび思考/278
  第三章 価値観/285
   一 価値の概念/287
   二 関係性および関係力/292
   三 価値の有無・正反・変化/298
   四 主観的価値と客観的価値/305
  第四章 価値の系統/309
   一 価値の分類/311
   二 経済的価値/317
   三 道徳的価値/321
   四 審美的価値/329
   五 宗教的価値とは何か/338
   六 宗教と科学・道徳および教育との関係/340
  第五章 生活指導原理としての価値論/345
   一 目的観の確立/347
   二 価値判定の基準/351
   三 人格価値の創造/364
   四 宗教の価値判定/368
   五 生活における実証/379
附録/385
 一 題字 木堂・犬養毅/387
 二 序文 田辺壽利/389
 三 序文 新渡戸稲造/394
 四 序文 柳田国男/399
 五 著者牧口常三郎略伝/401
 六 遺弟戸田城聖略伝/405
あとがき (辻武寿)/407
索引/後1~14
 人名索引/後1~5
 事項索引/後6~13
 書名索引/後14d0153496_23101272.jpg
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by siawaseo_anatani | 2013-09-27 23:12 | 学会系出版物

創価学会攻防史の研究08

〔「価値論」〕

後に創価思想と呼び称されるところの考え方は「日蓮正宗の信仰にその論理的帰結を見い出した」と、今日の学会関係者は言うのだが、牧口の教育理論と日蓮正宗との接点を初めて見い出し得るのは、いわゆる『価値論』においてである。

しかし、それも戦後に戸田の手により増補改訂されたものとは内容がかなり異なる。

『価値論』は、昭和6(1931)年に『創価教育学体系第2巻』として世に出たが、戦後、昭和26(1951)年の牧口の8回忌に、戸田が増補改訂して『創価学会版』として再版された。

これは後に、昭和40(1965)年に刊行された『牧口常三郎全集』全5巻(第三文明社)のうち『第1巻、創価教育学体系(上)』に収録された。

その二種とも絶版になり、10数年の間、われわれ外部の者はおろか、学会員でさえも古書店でしか「価値論」を入手することはできなかったのである。

現在では新版『牧口常三郎全集』全10巻(第三文明社)の第5巻所収のものと、聖教文庫版『創価教育学体系II』として出版されているもの、そしてレグルス文庫版の3種類が入手可能である。(ただし、レグルス文庫版以外についてはふたたび在庫かぎりで事実上の品切れが続いている。)

 聖教文庫版はその凡例によると、

《一、本書は「創価教育学体系」全四巻中の第二巻(価値論)の初版(昭和六年三月五日発行)に基づいて多少の校訂を加え、これを収録したものである。》

 となっており、ほぼ牧口の原著に近いものといえる。

定本たるべき旧版の『全集』に収録されたものが、戸田の『増補改訂版』であったというのも奇妙であるが、これについては後に述べる。

 教育理論については独自の説を唱えた牧口が、何故に日蓮正宗という既成の伝統仏教宗派に入信したのか。

このことに関しては現在ほとんど明らかになっていないが、興味深いと思われるのは、当時、牧口らと共に「郷土会」のメンバーだった柳田国男の「牧口君入信の動機」と題する次ぎの一文である。

「牧口君は家庭の不幸な人で、沢山の子供が患ったり死んだりした。

細君も良い人だったが、夫婦で悩んでゐた。

貧苦と病苦と二つが原因となって信仰に入ったのかと思ふ。

以前は決して宗教人ではなかった。」

 牧口と柳田は明治42(1909)年以来親交があったというが、その後、牧口が信仰を深めるにつれ柳田の方から牧口を敬遠するようになっていったという。

(この牧口と柳田の関係については、故・竹中労による『庶民烈伝』を是非とも参照されたい。)
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by siawaseo_anatani | 2012-09-05 19:42 | 創価学会攻防史

創価学会攻防史の研究07

「宗教活動は昭和11年以降」

牧口の『創価教育学体系』は『第1巻』が昭和5(1930)年11月に、『第2巻』が同6年(1931)年3月、『第3巻』同7年7月、そして『第4巻』が同9年6月にそれぞれ刊行されているが、このうち信仰に関連した記述があるのは『第2巻』いわゆる「価値論」の巻である。

『体系第1巻』発行の2日後、昭和5(1930)年11月20日に発行された月刊の機関誌『環境』第1巻9号掲載の「本誌の社会的使命」というスローガンにはまだ、宗教に関する言及は見えない。

のちに昭和11(1936)年2月発行の雑誌『新教』第6巻2号において「生活改善の根底たる教育・宗教の革命を目標と」する旨を記し、初めて宗教活動に関する言及を行なっている。

全文は次ぎのとおりである。


《月刊 新教―教育宗教革命運動

使   命
生活改善の根柢たる教育・宗教革命を目標 とし、之が達成手段としての自由公正の論壇にして、且新進變動の教材提供者。

主   張
政治經濟等、世間的生活の改良は枝葉の剪截である。教育・宗教の改革は根茎の培養である。
吾等青年教育者が國家將來の爲に、教育・宗教の革命を標榜し、蹶起して社會に訴へんとする所以である。
マルキシズムもフアツシズムも、はた自由主義をも超越し、國體に一致せる大乘的「全體主義」に立つて、國家社會の生活の根本的改革に邁進せんとするのが、吾等の理想である。

本誌の陣容
○教育・宗教革命の指導原理たる現代名家の論説
○その革命原案としての創價教育學に基づく實踐證明報文並に批判
○國史及び日本精神の宗教的再認識
インチキ宗教の排撃並に既成宗教の價値批判
宗教オリンピック大會の提唱
○最近變動の重要教材
○創價教育學講座
○其他宗教・教育時評―同思潮紹介―研究の相談―教育者煩悶相談―教員文藝等」》

しかし、この『新教』の前年、昭和10(1935)年刊行の『創価教育学会々則要項』には、まだ宗教については触れられてはいない。

以上の事実から見ても、
「改宗後数年間、1930年代中期までのあいだは、日蓮正宗の教義は牧口の思想のなかで重要な要素となっていない」
というベセルの意見は、ほぼ妥当であると考えられる。
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by siawaseo_anatani | 2012-08-08 18:06 | 創価学会攻防史

創価学会攻防史の研究06

戸田はパトロン

いずれにせよ、戸田がキリスト教に対して心を揺らしているその頃に、まず牧口が日蓮正宗に入信したのであるが、牧口が後に“創価教育”と称する独自の考えを主張し、且つ実際に行なっていたのはそれよりも前のことである。
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当初から牧口の教育思想の実践道場を意図していたかどうかは不明であるが、戸田が学習塾“時習学館”を開いたのは大正13(1923)年のことであり、牧口の教育思想そのものは時習学館の開設以前に既に成っていた。

また、時習学館は前述したとおり戸田が「大正12年ごろ、教師をやめ経済の方へ入ろうとして」始めたものであり、経済活動としての塾経営であった。
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牧口が時習学館に常勤していたことは確かであるが、それは時習学館の経営者としてではなかった。

牧口の正式な雇用関係や身分は不明であるが、戸田から給与をもらって生活していたことは確実であり、表現は悪いかもしれないが、事実上、戸田は牧口のパトロンのような存在だったと考えられないだろうか。d0153496_1265027.jpg


今日、牧口の業績として揚げられる『人生地理学』(1903年)、『教授の統合中心としての郷土科研究』(1912年)などはいづれも牧口の入信以前の著作であり、またD・M・ベセルが指摘するように
『創価教育学体系』は、牧口の「職業教育家としての40年になんなんとする経験にはぐぐまれた哲学と教育学」
の「要約」と見ることが妥当であろう。

確かに『創価教育学体系』は牧口の入信後に出版されているが、その原稿のもととなったメモは、牧口が上京して以来、約20年の間に書きとめられていたものであり、入信したことによって初めて『創価教育学体系』が成ったのではない。
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by siawaseo_anatani | 2012-08-07 01:30 | 創価学会攻防史

牧口常三郎と柳田國男

創価教育学会というのは、創価教育学という牧口常三郎独自の思想だけではなく、初期においては、

◎社会的側面では大日本皇道立教会の友好的別組織

◎個人的側面では、川面凡児の禊流の影響を強く活動方法に受け

◎信仰的には日蓮正宗の中でも異質な堅樹派の流れを汲み

◎教育方面では教育学というよりも社会学の影響が強い

そういう多面性を持っているわけです。

つまり、創価教育学会は設立当初から「総体革命」を目的とした団体だったともいえます。

ちなみに、このような立場の牧口常三郎と柳田國男が相容れるわけもありません。

なにしろ、柳田國男は必死に大政翼賛し御用学者になりたかったのになれなかった人物です。

だから柳田國男は折口信夫に嫉妬したわけです。

柳田國男の民俗学は、フォルクロアではなく文芸といっていい。

柳田國男は、悪人だけれど処世の勘が優れていた。

牧口常三郎は善意しかなかったが、処世の勘が鈍かった。

昭和15年以降の牧口常三郎は、総体革命から宗教革命に方針を転換したということでしょう。

ただし、それは純粋な日蓮正宗による宗教革命ではなかった、ということです。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
菅田正昭さんから指摘があり
「神道禊教」

「川面凡児の禊流」
と訂正いたしました。

菅田さん、ご指摘いただきありがとうございます。
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by siawaseo_anatani | 2012-08-04 12:47 | メモ

創価学会攻防史の研究03

第1期、創価教育学会時代
前史1、牧口・戸田の入信 02

戸田の入信が牧口の入信から時期が離れていたという点は興味深い。

学会員たちに一般的に信じられている通説では、牧口が入信直後に戸田を入信させたとされている。

この間の経験について書かれたものは少なくないが、脚本家・橋本忍の手による東宝映画『人間革命』のシナリオを、少々長くなるが引用してみよう。
d0153496_14322014.jpg《牧口 『戸田君、ぼくは日蓮正宗に入信した』
戸田 『え、日蓮正宗?』
牧口 『目白商業の校長に三谷素啓という人があり、ぼくの価値論に対し、かねがね話し合いたいと聞いていたので逢ってみた……まるでそれは真剣勝負だった………だが、わしは負けた!』
戸田 『え?』
牧口 『価値論の根底は、小善から中善、中善から大善へと進む善の生活だ。しかし、なにが大善かというと、この人間社会のためという、ひどく広い獏然としたものになってしまう。そしてそれを理論的にさらにもう一段階進めると、これは哲学を越えたもう宗教の問題だ。日蓮正宗にはなにが大善であり、あらゆるいっさいを変えていくもの……それがなにであるかをハッキリ示している。』
牧口 『とにかく、君も入信しなさい!』
戸田 『そりゃまァ、先生のいわれることですから、その通りにはしますが……しかし……』》

橋本のシナリオは池田大作の小説『人間革命』を原作としたオリジナルであるが、要所に関しては現在創価学会において一般的な通説となっている形のままである。
ここで橋本が語ろうとするものは「師匠の言に従う弟子の姿」であり、学会の「師弟不二」論のひとつと言ってよいであろう。

また、教育評論家だった池田諭(故人)は、その著書のなかで、

「三谷に折伏された牧口が次には戸田を折伏し、入信させたのである。」

と述べているが、やはり一般にはこのような入信説話が信じられている。

しかし事実は、戸田を折伏したのは牧口を折伏したと同様に三谷であった。(補足参照)
戸田の言を引いてみよう。

「私が日蓮正宗に入ったのがその年(引用者註、キリスト教を辞めた昭和3年)の秋で、目白小(ママ・商)学校の校長さんの三谷さんから折伏されてねえ。」

日本共産党系の宗教学者である日隈威徳によれば、

「戸田にキリスト教の信仰の指導をしたのは、『時習学館』の生徒の親で田中達夫という工学博士であった。当時、田中は『修養』という伝導誌を発行しており、内村鑑三の弟子であった」

という。

(『シナリオ人間革命』国会図書館請求記号KH119-75)
・・・・・・・・・・・・・
【補足】

三谷素啓さんが教化親というか兄弟子ですね。

私は信仰的には三谷さんの長男が藤本秀之助、次男が牧口常三郎、三男が戸田城外、と考えています。

牧口さんと戸田さんは信仰的には師弟関係ではありません。

牧口さんと三谷さんは途中で喧嘩別れして「絶交」したようです。

ただし、三谷さんがやっていた直逹講には関わり続けて、三谷さんが亡くなった後に直逹講を乗っ取ろうとしました。

それに対して直逹講の人たちが抵抗して、牧口一派に乗っ取られるよりも解散を選んだのです。

直逹講乗っ取りに失敗してから、創価教育学会は本格的に講活動を開始することになります。
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by siawaseo_anatani | 2012-07-28 14:36 | 創価学会攻防史
 牧口さんの思想はおそらく亡くなるまで「人生地理学」をもって原点とし基本としていたように思います。

 その思想を「どのように実社会において有効たらしめるか」というところから彼の宗教遍歴と運動の変遷があったと考えるべきでしょう。

 戸田さんは、その牧口さんのある部分を継承したとはいえるでしょう。

 牧口さんの「人生地理学」における思想的到達点とは、ある意味では「発見」であり「卓見」であり「創造」でもありました。

 それをそのまま篋底にしまい込んでいればそれは「個人」に属するものでしかありません。

 修行とか達観というのもきわめて「個人」に属するものなのです。

 また「思想そのもの」も同様です。

 それらと実社会の間にはなんら直截的つながり、脈絡といってもいいですし関連といってもいいですが、それはありません。

 その「個人」がそれらを意志的に社会に機能させようとして、はじめてなんらかの「意味」をもつということです。

 牧口さんの場合は「d0153496_16225246.jpg人生地理学」の出版を考えたことで「意味」が生じ、出版したことで「社会性」を持つこととなったわけです。

 その「個人レベル」での「意味」というものを「存在意義」ととらえるか、それとも他のなんらかのものとしてとらえるのか、それはある種の「カテゴライズ」であり「価値判断」に属することになります。

「宗教」とはまさに「カテゴライズ」であり「価値判断」による囲い込みであるわけです。

 さらにその強度を人為的に支配するのが「教団」ということになります。

 つまり
○個人における「思想」「信仰」「修行」「達観」などというものは「社会性」とは直截には関係がない。
○それらが「宗教的共同体」として成立することによって社会と関わることになるが、ここで「個」と「社会」との葛藤が生じる。
○その葛藤を宗教的共同体の中において合理化することで「教団」が発生する。

 大ざっぱにはこのような段階があると思います。
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by siawaseo_anatani | 2012-04-30 16:23 | メモ